第19話 タシケントにて、食べ納め。

10月4日(日)
昨夜はあんなに遅くまで盛りあがっておいて、朝目を覚ますととっくにお母さんは朝ごはんの支度をしてくれている。肉とじゃがいものスープ煮、サラダ、ナン、チャイ。今日は1日がかりでタシケントに戻る。来る時は西へ西へと少しずつ移動していたのだが、それを一気に戻るので、車で7〜8時間はかかるという。タクシーで帰るつもりだったのだが、なんとアリシェルさんのお兄さんが送ってくれるということになった。お母さんと抱き合ってお別れの挨拶をし、車に乗り込んだ。

朝9時に出発して途中休憩しながら夕方5時半になつかしいタシケントのアパートに戻った。砂漠の道を延々ガタガタ走りつづけ、荷物が多いせいで席も狭く、窓からどうしても日差しが入り込むので暑くてたまらず、辛い一日だった。途中お昼ごはんに、アリシェルさんがたまには魚はどうですか?と言ってくれて、魚なんて食べれるのなら食べたい!というわけで魚を食べられるレストランを探して入った。時間がちょっと遅かったこともあって人気のない店で、道路に面した庭に一段のぼった席があり、そこで魚を待った。自分たちだけだったら絶対入れないような、田舎のごちゃごちゃした店で、どんな魚が食べれるのかと思ったら、出てきたのは魚をまるごと素揚げにしたものだ。魚は鯉みたいな味の川魚。コリアンダーたっぷりのチリ入りの辛いソースをつけて食べる。結構肉厚でおいしかった。つけあわせも何もなく、ナンとチャイと一緒に食べた。

アパートでお兄さんにお礼を言って別れ、部屋に入るとなによりうれしかったのは水洗トイレとお風呂だ。なにしろ田舎での6日間、どこでもお風呂もシャワーも勧めてもらえなかった(無いわけではないのだろうが)。このアパートの浴槽はしかもとても大きいのだ。ゆったりとお風呂に入ってそのまま朝までぐっすり・・・といきたいところだったのだが、このあと帰国するまでの間に3軒のご家庭から食事の招待をされていて、その1つ目に今夜伺う予定になっていた。

とにかくお風呂には入って支度をするとアリシェルさんが迎えにくる。今日はアリシェルさんの会社の先輩のお宅に伺う。もう暗くなっていてよくわからないが結構高級そうなきれいなマンション、トルコに比べるとひとまわり小さい感じはするが、広いダイニングルームにテーブルと椅子のセットで食卓が用意してあった(田舎ではテーブルとイス、というのはあまり見かけなかった)。それにしてもすごい御馳走だった。前菜にはハムやサラミ、いろいろなチーズ、ハーブの盛り合わせにはパセリ、コリアンダー、フェンネル、バジル、ネギみたいなハーブ。サラダにはトマト、赤ピーマン、キュウリ、オリーブ、パセリ、チーズ。自家製のサモサは肉入りとかぼちゃの2種。もうこのあたりでお腹いっぱいになりそうだが、ここからがメインだ。奥さんの手打ち麺のラグマン。これはやはりウイグルから入ってきた料理で、色々な野菜と肉が入ってトマトスープで煮込んである。さらにマントゥ。もちろんこれも皮から手作り。今日は生クリームをつけていただく! さらに娘さんの手作りデザート、ナッツとレーズンのパイとメレンゲののったケーキ。メロンにすいか、ぶどう、ナッツなどなど。御主人はもてなし好き、おしゃべり好きな博学な方で、家の中も立派な家具が並び、かなりハイソなご家庭だった。でも、お金持ちになるほどヨーロッパ的になっていくのは仕方ないことなのかな、とすこし思う。

10月5日(月)
ウズベキスタンに滞在するのもあと2日。今日はイスロムさんの家に招かれている。イスロムさん本人は日本に滞在中、奥さんとお子さんの住む家にお邪魔する。イスロムさんのお宅は、日本で言うと団地的な雰囲気の集合住宅の一室。タシケントは電気、ガス、水道が整備されているので、家の中も日本とそう大きく違わない。ガスや水道が整備されているということが、こういうコンパクトな住まいを作るという前提なのだな、と気づく。

今日もすごい御馳走だった。昼過ぎに伺ったのだが、夜まで延々食べながらおしゃべりして過ごした。ナムル風のサラダは家庭でよく作られているようだが、今日のは春雨みたいな麺のサラダだった。チャプチェみたいなものか。ナムル風もあった。それから豆と肉と野菜のトマト煮。変わったものもでてきた。ヨーグルトスープの麺だ。麺は小麦のうどん。スープにヨーグルトを入れてゆでた麺を入れ、野菜と肉をバターで炒めたものが上に乗っている。勇気をだして食べてみたが、結構いける。そのあとマントゥもでてきた。やはりヨーグルトをかけて食べる。アリシェルさんと日本の餃子の話しになるが、皮は手作りしませんね、と言われてしまった。藍子は変わったものには手をださず、かりんとうみたいなお菓子と果物ばかりで、子供と遊んでいる。とにかく量が多すぎてとても食べ切れないのだが、食後に出してくれた洋梨がまたまた美味しかった。

10月6日(火)
今日は荷造りをするためにどうしてももう一つかばんが欲しくて、バザールに連れて行ってもらう。アリシェルさんが午前中仕事に行かなくてはいけないというのでアクバルさんと出かける。といってもアクバルさんとの会話はほとんど手話だ。

アパートの近所にバザールがあり、かばんといっても簡単な大きな袋みたいなものなので、雑貨屋さんですんなりみつかった。雑貨はやはりほとんどがメイドインチャイナなものばかりで、どうにも粗悪だ。石川君が爪切りを買ったのだが、これがなんとも用を為さない(爪が切れない)。中国を悪く言いたくはないのだが、安いばかりで粗悪なものが世の中に増えていくのは恐ろしいことだ。職人が作った美しいモノが、売れないという理由で抹殺されていってしまう。

バザールの食品エリアものぞく。真っ赤なトマト、黄色い人参、なす、きゅうり、丸っこい短いきゅうり、じゃがいも、玉ねぎ、カリフラワー、ささげみたいな長い豆、いんげん豆などなどが、ここでもやっぱりきれいにディスプレイされて並んでいる。お菓子エリアには小さい焼き菓子がうず高く積み上げられていて、ちょっと買ってみる。その横には派手なでかいデコレーションケーキも常温で並んでいる。あたりを飛び交っているハエがあのクリームに足をとられないか心配だ。

いいお天気で、まだ時間もあるのでやっぱり座ってお茶でも飲みたくなる。するとそこにちょっとした店があり、外にテーブル席とかもある。ハンバーガー屋みたいなものだったかな。アクバルさんを誘ってそこの席に座り、チャイを頼む。アクバルさんと藍子はジュース。しかし、チャイだけ頼む人はいないのか店の人もアクバルさんもちょっとへんな顔をしていた。それにしても店で飲むチャイは薄い。それでもこんなひとときが大好きな私たちは、バザールの喧騒を遠くに眺めつつお茶を飲む。部屋に戻って買ってきた焼き菓子をつまんでみたが、まあまあなのもあるが全体にバターの香りがきつくてちょっと食べ辛かった。

お昼前にアリシェルさんとアクバルさんが来て、タクシーでピラフセンターというところへ出かける。オシュ(またはピラウ)というピラフのようなウズベキ料理を食べるところなのだが、英語で言うとピラフセンターとなるのか?オシュが出来上がる時間が決まっているということで、急いで向かう。建物の外のちょっと屋根だけあるようなところに、大きなカザン(鍋)をのせたかまどが5つくらい並んでいる。それぞれのカザンにシェフがいて、それぞれの味のオシュを作っているという。カザンのまわりは人だかりができていて、どのカザンのオシュにしようか覗き込む人、お目当てのシェフがいる人、決まるとそこで皿に盛り付けてもらう。お金を払って自分でお皿を持って建物の中に入り、好きなテーブルについてサラダやチャイもセルフで買って食べる。中はなんだかやたらとゴージャスな大広間。白いクロスのかかった丸テーブルがいくつもならび、吹き抜けの天井からは巨大なシャンデリア、お城みたいなカーブする階段を上ると2階席もある。不思議に思っていると、ここはもと結婚式場だった建物だときいて納得。そのまま使っているのだ。

1階はもうほぼ満席状態、2階にやっとテーブルをみつけてチャイやナンも買ってきて、やっと席につく。昔はこれは手で食べるべきものだったらしいが、皆スプーンで食べている。若い人や街の人は手で食べるのはお行儀が悪いと思うらしいが、老人は手で食べるべきだと言う人もいるらしい。時代の過渡期なのだ。

そしてオシュはとても美味しかった。羊の肉とにんじん、レーズン、ホールの黒コショウも入っていた。カザンを覗き込んだときにびっくりするくらい底に油がたまっていて、どんなものかと思っていたのだが、確かにオイリーなんだけど、香りがよくさらっとしてうまい。藍子も結構食べていた。オシュはウズベキの代表的な料理で、冠婚葬祭でふるまわれたりもする大切な料理なのだそうだ。

ピラフセンターのあと、またバザールで最後の買い物をして、夜は最後のお招き、アリシェルさんのお兄さんのお宅へうかがう。

お兄さんのお宅は古いアパートの部屋を改装したということで、中はすごくきれいだった。タシケントの住宅事情は、ソ連時代からあるのかな、という古いマンションが結構たくさんあって、外側は古びていて汚い。中も日本ほどではないが割りと狭い。

お兄さんの奥さんは3人のまだ小さい子供を育てながらお医者の仕事もしているそうで、でも家の中はきれいだし料理もうまい。そういえばどの家のお母さんも料理が上手だった。皆、自分の国の伝統的な料理をきちんと作ってお客をもてなすことができる。それってすごいことだな、と思う。

今日はアリシェルさんにお願いして、できるだけ野菜料理でお願いします、と伝えておいた。もう肉は食べすぎて見たくもないくらいなのだ。前菜はキムチ風サラダ、韓国麺のサラダ、カリフラワーのソテー、ハム、キュウリ、トマト、ハーブのサラダ。ポトフ風のスープは5時間くらいかけてことこと煮込んで作る。ポトフに似ているがこれもウズベキ料理。それからチュチクラという小さなマントゥを一緒に作る。薄くのばした生地を4〜5センチ四方に切り、普通は肉だけど今日はほうれん草の具をちょっとのせてかわいく成型する。ひとつひとつ手作りする。トルコのマントゥと似ている。これを茹でて、バターをのせたりマヨネーズなどで食べたりするそうだ。さらに肉と米をつめて煮込んだピーマンの料理。これもトルコ的。お願いしておいたおかげか、結構色々な種類の野菜が食べられてとてもよかった。

明日の朝は早朝の便でいよいよ日本に帰る。アリシェルさんとアクバルさんもアパートに泊りこんでくれる。

10月7日(水)
朝4時半に起きてインスタントコーヒーを飲み、重いかばんを積んで空港へ。最後までアクバルさんは一番重い物を運び、車を呼んだり様子を見てきてくれたりと、頼りになる人だった。ウズベキスタンは入国も大変だったけど、出国もまたいろいろあって書類が間違っていたり荷物が重量オーバーだったりと、最後の最後までお世話になりました。たくさんたくさんお礼を言って、お別れをする。
タシケントから成田経由で関空まで9時間くらいの最後の飛行機。飛行機が苦手な私はゆっくり眠れず落ち着かないが、藍子はすやすやとよく眠っている。機内食にオシュが出てきたが、あのピラフセンターの美味しかったのとは比べ物にならない。でも日本に着くまでまだ時間もあるし、と半分くらいは食べるが、石川君も藍子もまったく食べない。ようやくようやく成田に着くと、いったん飛行機から降ろされた。トイレでもいこうと空港内を歩いていると、なんとコンビニが!!! お茶とおにぎり、買ってもいいの?!!! 再び関空に向けて飛び立った飛行機の中で食べたおにぎりの美味しかったこと! 

さて、関空についたのが夜の9時すぎで、それから名古屋に帰るのはちょっと大変だからと、関空で一泊ホテルを予約しておいたのだ。空港のホテルは高すぎるからちょっと離れたところで、それでも高いから、親子3人でダブルの部屋をとっておいた。旅に出て初めてのホテル泊?だったのだが、部屋に入って驚いた。驚きの狭さだ!温泉もあったりして快適なホテルだったのだが、ケチったこともあるがとにかく狭かった。そして1泊してさらに驚いたのは、設備が完璧に整っているということだ! ものすごくコンパクトにあらゆるものが収納してある。この計算された収納力! 帰ってきていきなり超日本的なるものを見せられた気がした。広くて何にもないのと狭くてなんでもあるのと、どっちがいいだろうか?

3週間の旅日記はこれでお終いです。たくさんの人にお世話になり、たくさんの御馳走をいただき、本当に感謝しています。日記は私の主観的な意見であり、聞いた話も日本語に訳される時に誤解が生じたこともあったかもしれません。それでも未知の世界を知る楽しさを形にしたく、共有したく、まとめてみました。最後まで読んで下さってどうもありがとうございました。  石川さをり
posted by おかこ at 2010年09月02日 | ウズベキスタン

第18話 観光地ブハラと村の暮らし

10月3日(土)
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朝ごはんはゆで卵、昨夜のサラダ、ヨーグルト、果物、チャイ。軽くすませてアリシェルさんの家と近所をあちこちみせてもらう。藍子はさっそく親戚の子供と遊んでいる。
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アリシェルさんの家はブハラでもちょっと田舎のギジョワン村というところにある。昔ながらの一軒家だ。家は中庭を囲んでL字形の白い四角い建物。中庭を囲む部分はハビブさんの家のように回廊にはなっていないが、例の寝台のような座っておしゃべりする台は置いてある。中庭は畑というか植物がいっぱい植えてあった。庭の奥の方がトイレと牛小屋、ウサギやたぶん鶏も。隣の家の犬もこっちを見ている。
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中庭に面している壁。日差しが強いからか壁は分厚く窓は小さい。
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部屋を出たところに手洗い場が。真ん中についている容器に水を入れて下からちょんちょんと押すと水がでてくる仕掛け。いろんなところでこの装置は見かけた。アリシェルさんの家もガスと水道は通っていない。水は井戸もあるのだが、井戸の水は1993年から飲用には使えなくなったのだという。ウズベキスタンは金やウランなどの鉱物資源が豊富なのだが、採掘場では一日にすごい量の化学物質を土に入れて圧力をかけるというやり方で資源を採っているということで、その化学物質に地下水が汚染されているというのだ。それで水は買って飲んでいるし、水のペットボトルをやたらと見かける。でも井戸水は牛にやったり皿を洗ったりするのには使うそうだ。いずれ影響が出てきてしまうことが怖い。政府は飲用禁止というだけで何のフォローもしてくれないという。

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アリシェルさんのお母さんと親戚の子。

近所の散歩に出かける。
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この壁は家を囲む塀。つきあたりが入り口になる。高くて中がまったく見えない塀だ。

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近所を歩いても、塀しか見えない。

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建物の軒の下に取り付けてある管はガス管だという。ソ連時代には政府が電気やガスを田舎の方まで供給できるようにしてくれたのだそうだ。しかしガスはこなくなってしまった。外からみているとソ連時代は弾圧の時代で暗い歴史の時代だったように思っていたのだが、生活面ではソ連時代の方がずっと良かったというウズベキ人もいる。しかしガスの管がこんなに露出でいいものか?

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写真はないが、畑仕事にでも行くのか、ロバの荷馬車に乗ったおじさんとすれちがった。ロバはこの辺りではまだまだ現役だ。

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塀と塀のすきまを覗き込む。

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開いている裏木戸を覗き込む。
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木彫りの扉があちこちに。
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道を渡るガス管。聞いてからガス管が気になって仕方ない。

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ここは村の人のモスク(礼拝所)

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ソ連時代の宗教弾圧のせいなのかどうか詳しくは聞けなかったが、このモスクはイスラム信仰を取り戻すために村の有志の人たちが建てたものだそうだ。アリシェルさんのお母さんは学校の先生をされている方なのだが、村では知識人としてみんなに敬われており、このモスクを建てるにあたってもいろいろと協力をされたのだそうだ。

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かぼちゃの倉庫。うしろに掛っている絵が、ウズベキではありえない景色!(だと思う)

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かわいい腰掛け。

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ガス管と犬の顔

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村の暮らしがほんのちょっぴり垣間見えた朝の散歩だった。

今日はアリシェルさんのお兄さんが車でブハラ観光に連れて行ってくれる。観光メインの街(オールドシティ)に行く前に、一つのモスクに立ち寄る。
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ブハラはイスラム教にとって重要な都市。数多くのイスラム学者が生まれ、数多くの留学生がここで学んだという学問の伝統があるのだ。

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モスクに必ずついているミナレット(尖塔)。ウズベキスタンのはちょっと寸胴なフォルムをしている。ミナレットは昔はこの上から声の大きい人が村人にいろいろな「お知らせ」をしていたのだそうだ。王様のおふれだとか今日は誰かの結婚式だとか。
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全体にこぎれいな、そんなに古くない感じの建物だった。

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カドがとってある。

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近くで見ると割りと簡単な作りのモザイク。その分全体のフォルムと土色の風合いがひきたつ。

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ちょっとトイレをお借りして中に入ったのだが、高ーい壁の狭ーい通路だった。

車に乗ってオールドシティ(エスケシャハル)へ。一帯にサマルカンドより古い土色のモスクが立ち並んでいる。そしてモスクと一体になって土産物屋やレストランがひしめいている。ブハラ観光といえばここに来るらしく、観光バスや久しぶりに日本人も見かけた。池を囲んで屋台やレストランが並んでいる公園に、ホジャ・ナスレッディンの像を発見。
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ロバにまたがるホジャ・ナスレッディン。ホジャ・ナスレッディンは中央アジア一帯で広く知られている人なのだが、トルコにいけば「トルコのホジャ・ナスレッディン」がいて、ウズベキには「ウズベキのホジャ・ナスレッディン」がいる。
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石川直樹、あこがれの人と。

少し歩くとお土産物屋が立ち並ぶ通りがある。
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建物はとても古い。四つ辻の交差点にドーム状の建物が建ち、まわりの建物には小さなお店が配されている。

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ドームの内側はこんな感じ。外国人観光客が多いらしく、売っているものはいかにも観光地的なものが多い。

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刺繍のはいったテーブルクロス。ハンドメイドであることを強調していた。ざくろのモチーフをよくみかける。

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じゅうたんとか何かの道具とか、通りにじかに並べられて売られている。

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人形。よく見かけたのは、焼き物でできた置物の人形で、ナンを焼いている人とか、ひげのおじいさん(ホジャ・ナスレッディンっだったりする)とか、女の子とか。置物でなく壁かけになってるやつとかも。

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道沿いをぶらぶらみているだけだと似たようなものばかり並んでいるように思えたが、建物の中に入ると中は結構広くて色んなものを売っている店もあった。そういえば、お土産を買えるチャンスなのだった。と急にお買いものモードになり、買いたいと思っていた食器をここで買うぞ!と意気込む。

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しかしわたしは土産物を見るより建物を見る方が面白いのだ。

買い物をしてからさっきの池の横のレストランに戻り、昼食にする。屋外の木陰にたくさんテーブルが並んでいて気持ちよい。いろんな国の観光客がたくさんいた。でもなんかゆったりして心地よいところだった。
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牛肉の団子入りうどんスープはもっちり固めなうどんだった。トマトときゅうりのサラダ、名物のつぼで作ったスープ、中にはじっくりと煮込まれた牛肉、じゃがいも、にんじん。肉の味がしっかりでていて美味しい。めちゃめちゃ熱い、そして冷めない。ナンとチャイ。
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この店は大きな炭火のロースターがあり、シャシリクも売りにしているようなので頼んでみる。鶏、牛、挽肉のもある。すっごくでかい!ボリューミーだ。おもわず石川君コーラも注文。
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観光気分を満喫し(食器も買いました)、もすこし歩いてきれいなモスクと古いお城を見る。
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古いお城。時間がなくて中には入れなかった。
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このお城は城壁が美しい。
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この日はとにかく空がきれいだった。

ここからまた車で別のモスクに移動。藍子が疲れてきたのでわたしと2人で中庭に座って待つ。
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回廊がすごく中国的で面白い。白い壁に木目の柱、天井には日光東照宮みたいな色とりどりの模様、そこから下がるシャンデリア。
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壁の下の方の青いタイルがまたすごくきれい。1枚ずつの微妙な濃淡が存在感を作りだしている。本物の色はきれいだ。

と、ここでなんとカメラが使えなくなってしまった。借り物のカメラだったので怖くなって深追いしないことにしたのだが、結局は単にデータの容量オーバーだった・・・。なので、すみません。ここからの日記は写真なしになってしまいます。

夕方アリシェルさんの家に戻ると、お母さんがタンドールでナンとサモサを焼く準備をしていた。家の一番端の台所の隣にタンドールの小屋があり、結構大きなタンドールが置いてある。ジザックで見たような上から覗き込む形ではなく、かまくらみたいな形と言えばいいのかな、横に穴があいていて使いやすいようにちょっと高くなっている(写真がないと説明しにくい)。この中に綿の枯れ枝をどんどん入れて火をつけて燃やしていく。ウズベキスタンは綿花栽培が盛んなので、薪も綿なのだ。それをみながらアリシェルさんがいろいろ話してくれた。アリシェルさんが小さいとき、お母さんは綿をたくさんもらってきて手で種をとりながら綿をつんで、2本の棒でたたくと綿がふわふわになるので、それを平らな所で整えてクルパチャ(布団)を作ってくれた。子供が結婚するときには何枚も作って持たせないといけないので、お母さんはそうやってたくさん作ってくれた。いつかお母さんを日本に旅行に連れて行って恩返しをしたいな、と。クルパチャを手作りすると聞いて、この綿の枯れ枝を頭に浮かべる人はいないだろう。一つのものが何からどうやってできているのか見えない世の中になっている気がした。

タンドールの中でごうごうと燃えていた火がおさまってきて、中がしっかり熱くなったので、もえかすを掻き出して火が消えたところで、タンドールの壁にサモサをどんどん貼りつけていく。つまり余熱で焼くというやり方だ。ふたをしてしばらくおいておく。頃あいを見計らって焼けたサモサを取りだすと、1個ずつ油を塗っていく。お兄さんの奥さんと2人で手早い共同作業だ。そして再びタンドールに火をつけて、今度はナンを焼く。

焼き上がったサモサは中身はかぼちゃで、形もムボーラさんのところで食べたみたいな、四角い皮で折って包んだような形をしている。サモサをいただいていると、ナンを焼き終わったお母さんが今夜はイベントに出かけるよ、と支度を始める。私たちはもう疲れたし、このままサモサを食べて休みたいくらいだったのだが・・・。パワフルなお母さんにさあ行くよ!と言われて車に乗り込む。

行先は結婚パーティーだ。2週間前に結婚した2人の、奥さんの実家で開かれるパーティーだという。着いた家は結構大きな家で、かなり広い中庭にたくさんのテーブルが並び、着飾った人たちでにぎわっている。家のテラスみたいなところが一段高くなっていて、そこがステージみたいになっていて、音楽をかけながら一緒に演奏するというスタイルで大音量の音楽がかかり、庭には踊り子までいて、テーブルの合間をぬってずーっと踊り続けている。テーブルはイスラム式に男性と女性でわかれていたので、アリシェルさんがいないと全く話のできないわたしは藍子と2人で進められるものをひたすら食べてチャイを飲んでいた。アリシェルさんのお母さんはあらゆる人としゃべりまくっている。

ステージでは音楽をとめて司会の人がマイクで何か話し始めた、と思ったら、いつの間にかアリシェルさんのお母さんがスピーチを始めた。お母さんは村では知識人として名の通った人らしいが、パワフルなスピーチに皆拍手喝さいだ。スピーチの中に「ヤポン」とか「ナスレッディン」とかいう単語が出てくる。スピーチのあとの司会者もそんなことをいっていると思ったら、石川君が次のスピーチをさせられていた!アリシェルさんが通訳している。珍しい日本からの客人ということで、盛り上がってくれている。

再び音楽が始まり、アリシェルさんのお母さん今度は陽気に踊りだす。みんなほんとに楽しそうだ!!!食べて飲んで踊って歌って、ハレの日は徹底的に楽しもう!と炸裂している・・・・。

10月ともなれば夜の屋外は結構寒く、火を焚いているところがあったのでそのまわりで温まりながら、そろそろ帰りたいなあと思っていると、お母さんがやってきてさあ次に行くよ!と言う。もう1軒結婚式にいくのだ。連れて行かれるままに行くと、今度は大きな結婚式場、さらにすごい大宴会!ハレとケという感覚は日本ではすっかり感じなくなってしまっているが、日常が厳しいほどハレの日は大盛り上がりするのかなあ、きれいに着飾ったお嫁さんを見ながら、この人もこれからの日常生活は大変なんだろうな、などとおもってしまった。

posted by おかこ at 2010年09月01日 | ウズベキスタン

第17話 砂漠に佇む青い宝石

10月2日(金)
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朝食はハンバーグのようなものとゆで卵、チャイ、ナン、ぶどうとりんご。ウズベキスタンに来てから、肉といえば大ぶりにカットしてあることが多かったような気がする。疲れた胃と体には挽肉にしてあるのがなんか嬉しい。ナンにはさんで食べるととても美味しい。昨夜は石川君たちは随分遅くまでイスラムの先生の家で話しこんで盛り上がったそうだ。家まで連れて行ってもらったタクシーの運転手さんとまで意気投合し、今日のサマルカンド観光もその運転手さんにお願いしてあるのだということだ。朝食を終えるとさっそく出かける。
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中庭から玄関にでるドア。

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こちらがムボーラさん(69)。5歳の頃から料理をしているという。働き者だからか「サマルカンドのおしん」と言われているんだとか。ムボーラさんの着ている服はウズベキスタンの伝統的な織物、意外にも派手な色づかいの織物だ。この布を小さく切ったものがテーブルでナプキンとして使われたりもしていた。

タクシーでサマルカンドの有名なモスクをあちこちとまわる。わたしはもう連れていかれるだけ、という感じで、モスクの名前や由来など聞いたのだがわからなくなってしまった。入り口で入場料を払うのだが、カメラやビデオを持っているのを見ると、撮影するならさらにお金を払ってくださいといわれるところが多く、カメラは3000スム、ビデオは5000スム、とか言われると一瞬撮影はやめとこうかと思ったりしたのだが、よく考えれば200円や300円くらいのことなのだ。でもなんかせっかく払ったんだから撮りまくるぞ!とつい思ってしまい、やたらとここでは写真を撮ってしまった。

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ウズベキスタンのモスクは、四角い輪郭の中にドーム型のラインが収まっている形が特徴的だ。真っ青な空に真四角の建物がそびえたっている威圧感は独特のものがある。

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ドーム型の部分は内側がハチの巣みたいな凹凸のある凝った作りをしていて、見上げてびっくりした。
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真下から撮ってみた。

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トルコのモスクとはまた違ったタイルの作り。間近で見ると本当にすごい迫力。いったいどうやって作ったのか。どれだけ小さな部品がいくつ集まってこの建物ができているのか!

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このモスクの内部は驚くくらい金がふんだんに使われていた!ウズベキスタンは金などの鉱物資源が豊富だからなのか。このモスクはお墓でもあるからなのだろうが。

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アラビア文字が金色に浮かびあがっている。

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これらのモスクは1400から1600年代に建てられたものだという。精密さ、緻密さに言葉を失う。

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外に出るとわたし好みの石の壁が。なんとなくホッとする。

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見上げると真っ青な空に真っ青なタイルが光っている。

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モスクといってもマドラサといって学校になっているところもある。わたしがよく理解していないので、写真がきちんと区別できていないのだが、中が寄宿舎になっているイスラム高等学院。タシケントにもあった。

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中はシンプルな白い壁と木彫りのドア。ドーム型のモチーフがかわいい。
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金ぴかのお墓より使い込んだ木彫りの扉の方が私は好みだ。
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こんなタイルも。

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建物もやはり、ただ保存されているだけのものより、保存されながら使われているもののほうがなんというか良さがある。

今日は金曜日。金曜礼拝の時間に間に合うように、大急ぎでお目当てのモスクに向かう。わたしと藍子は中庭で待っていたが、モスクの中に入っていく人も中庭にいる人も、すごくたくさんの人が集まっていた。
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礼拝のあとイマームと記念撮影。

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ここの回廊の柱と天井がなんというか中国っぽい感じで面白かった。ウズベキスタンは地図で見ても中国の西の方と意外と近いのだ。そういうことを地図をみながら想像するとわくわくしてくる。

サマルカンドのモスクをあちこちまわって再びムボーラさんのところに戻るともう3時を過ぎていた。遅いお昼をいただく。
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お肉とじゃがいもの炒め煮の蒸しかぼちゃ添え、きゅうりと野菜のサラダ、野菜スープ、きのうのと同じサモサ3種、野菜がたっぷりで美味しかったが量が多すぎて食べきれない。テーブルに乗っていたケーキにも手を出してみたが、これはいまいちだった。

ここでハビブさんとお別れして、いよいよブハラに向かう。今夜はアリシェルさんの実家に伺うのだ。サマルカンドからならブハラ行きのバスもありますよ、とアリシェルさんは言うのだが、私たちは初めに乗ったバスが結構しんどかったので、タクシーがいいと言い張った。バスよりはもちろん高いが日本円で考えれば快適で早く着く方が絶対いい。アリシェルさんがお母さんにお土産を買っていくから、と途中寄り道しながらタクシーでブハラに向かう。
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ナンの屋台。
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スイカ、メロン、かぼちゃの屋台。ディスプレイに凝るのがウズベキ流なのだ。

タクシーは日が沈みかけた空の下を西へ西へと走る。窓の外はすごい夕焼け。何もない地平線に赤い雲が何層にも重なっている。車を降りてこの空の下に立ちたかった。西に向かっているからか心なしか長い夕焼けだった。

8時近くになってもう真っ暗になってからようやくアリシェルさんのお母さんの家に着く。家族はもちろん親戚や隣の家の人まで、総出で迎えてくれる。アリシェルさんのお母さんは、これまたボリューム感のある、元気でパワフルな女性だった。なんともにぎやかな食卓!
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部屋に入るとすっかり用意が整ったテーブルの上にはフルーツを盛った皿、ナッツ、キャンディ、ケーキ、チョコレートなどが所狭しと並べてある。そして席に着くとナムルみたいなサラダが2種類出てきた。ひとつは人参、ナス、トマト、ピーマンなどでにんにくが効いていて美味しい。もうひとつはピーマンやキュウリなど緑色の野菜だけでコリアンダーが効いていた。それからポトフみたいなスープ。これはショルバと言って、澄んだスープによく煮込まれた肉と大ぶりのじゃがいも、にんじんが入っている。味付けもシンプルで、ポトフみたいだ。これにコリアンダーをかけていただく。
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ムボーラさんのところでもいただいたマントゥが出てきた。肉からスープがじゅわっと出てきて美味しい。ヨーグルトをたっぷりかけていただく。ナンもお母さんの手作り。そしてチャイのおかわりもどんどんすすめられる。かなり疲れていたところでハイテンションにもてなされて、期待に応えられなかったかもしれないなと思いつつ、今夜は休ませてもらう。アリシェルさんのお兄さんのお嫁さんがクルパチャを敷いてくれる。

ところでタシケントを出てからというもの、トイレはずっとためこみ式(?)だった。地面に掘った穴の上に小屋が建っていて、個室の中の床に穴が切ってあるのだ。いっぱいになったらどうするのかまでは確認できなかった。
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これはジザックのレストランで記念に撮ってみた写真。しかしずっとこんな調子だ。アリシェルさんの家もやはり同様の小屋が母屋から離れたところに建っていた。隣は牛小屋で、茶色の若い雌牛がいる。こちらにおしりを向けてつないであるので、トイレに行こうと近づいていくといつも振り向いて「んもっ」と鳴く。かわいかった。
posted by おかこ at 2010年08月29日 | ウズベキスタン

第16話 サマルカンドのエキゾチックな夜

10月1日(木)
 今朝もまた裏山に登る。昨日は遅れをとったので今日はもっと早起きした。
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今朝は朝日が山かげから顔を出すところがぎりぎり見れた。

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大地にたたずむ石川直樹。

この村はなんと1000年くらい前からあるそうで、もしかして暮らしもあんまり大きく変わってないのでは?タイムトリップしているような気分にもなる。厳しい自然環境と牛や羊などの家畜、衣食住を手作りでまかなうような暮らし。こういう生活の中で人間らしさを支えているのが宗教なのかなと思う。ただ生きているというだけでなく、暮らしや子育ての中心軸、人間らしさの中心軸としてのイスラム。「大草原の小さな家」でのローラ一家も大自然の中で信仰心を大切にすることが一家の精神的よりどころとなっているように描かれていたことも思い出す。大自然の中で人間らしく生きるということ。日本での暮らしが遠く虚構に思える。

 朝食はゆうべのギュルミンディ、どんぶりいっぱいのヨーグルト、ナン、果物、チャイなど。ヨーグルトやチーズなど、自家製だからか乳製品が体にきつく感じられていまいち手が伸びなくなってしまっている。わたしはもともと乳製品が苦手なのだが、藍子も食べないし石川君もさすがに食べられない。ついぶどうとかばかりに手が伸びる。ハビブさんは大好物のギュルミンディを今朝もうれしそうにたくさん食べている。
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ハビブさんと息子(4歳)。ウズベキの人は老けるのが早いと前に書いたが、ハビブさんなんと37歳なのだ。石川君と同い年なのだ! 厳しい中で生きてきたんだなと思わずにいられません。すごくイスラムを熱心に勉強している方で、よく考えたらまだ若い世代なわけで、また見え方がガラッとかわってしまった。

 さて、このあとハビブさんも一緒にサマルカンドへ行って、例の料理上手な女性がやっているホテルに行くことになっていた。お母さん、娘たちとお別れして、特に藍子はさみしそうにお別れをして、また車でガタガタと出かける。ちょっとしたバザールのあるあたりまで送ってもらい、そこからはタクシーで向かう。ハビブさんが買い物をするというのでわたしたちもバザールをのぞく。
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ちょっとした町、といってもこんな感じだ。
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建物の中にいくつもお店が入っている。いろんなものがむきだしで売られている。
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中庭は野菜や果物の市のようになっている。スイカやメロンの季節だ。
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トマトもゴロゴロ売られている・・・。
トルコもそうだがこのあたりもトマトはよく食べられているようで、ウズベキスタンは冬になると寒くてほとんど野菜がとれなくなるので今のうちにトマトを煮て加工しておくのだそうだ。
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くるみとレーズン。ハビブさんの家ではハビブさんちでとれたくるみとレーズンをいただいたのだが、とっても美味しかった。くるみはすごく品のいいオイルの香りとコクがあり、レーズンはフレッシュなぶどうそのままの味がした。
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わたしたちが買ったものはこれ(ぼけてますが・・)。携帯型のビスケット。結構おいしかった。藍子が気に入ってほとんど食べられた。

タクシーをつかまえて次はジザックという街に向かう。ハビブさんの住むファーリッシュという村から一番近い大きな街だ。そして
車は大きなレストランで止まった。ここでジザック名物のサモサをいただく。サモサはウズベキスタンの名物なのだが、ここが本場なのだそうだ。
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サモサと言ってもインドのサモサとは全く違う。大ぶりの肉まんの形をしていて玉ねぎと大きな肉がゴロゴロ入っていて、タンドールで焼いてある。一人一個ずつのサモサとトマトときゅうりのサラダ。チャイ。味は単調で少ししょっぱめだった。結構ボリュームがあるのでかなりお腹がいっぱいになってしまい、藍子の残した分まで食べれなかった。
 テーブルから少し離れたところでお客に見えるようなところにタンドールがあり、サモサを焼いていた。
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こんな風にタンドールにぺたぺたとはりつけて焼いている。うまく落っこちないもんだ。
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この人が焼いている。この店の人はみなにこにこと愛想がよく、藍子はここでもおしん!と呼ばれていた。
 この店でアリシェルさんの友人でジザックに住んでいる人が現れて、街を案内してもらう。その人はウズベキ人といってもまた系統の違う顔立ちの人で、中国や日本にいそうなやわらかめのアジア人の顔。水木しげるのまんがのわき役に出てきそうな感じ。店を出て、タクシーで小高い丘のようなところの展望台みたいなところへ行く。途中の町並みは、整備されたまっすぐな道路に沿ってタシケントで見たような大きな建物が建っていたりして、結構な都会だ。そんなに広くはないが。その友人は銀行かなにかに勤めるエリートなのだそうだ。
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展望台からの眺め。結構広く街が広がっている。
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ちょっとかわいいテーブルとイスがあった。

次にその友人の知り合いというハラールのレストランを見学させてもらいにいく。お昼ごはんの時間も過ぎていてお客もいないのでいろいろなところを見せていただいた。まずは店の中を素通りして裏庭へ。
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左端の小屋みたいなところの中にタンドールがある。
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中からみたところ。タンドールが3個も並んでいる。よくみるとガスが通っている。
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中にはやっぱりサモサが。
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トマトソースらしきものが冷まして置いてある。
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この大きな鍋はオシュというウズベキのピラフのような料理専用の鍋。
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水洗の手洗い場もあり、清潔な中庭だった。
次に厨房の中も見せてもらう。
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コンパクトで清潔なキッチン。

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コンロもガスで近代的な作りになってはいるが、基本的な構造はハビブさんの家の薪のかまどと同じだ。
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これもどうやらコンロになっている。
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最後にまた客席を通過して店をでた。どうせならこの店で食事をしたかった。

ジザックをひととおり見せてもらい、アリシェルさんの友人と別れると再びタクシーに乗りこみ、いよいよサマルカンドのホテルへと向かう。ウズベキスタンは街と街の間は何もない砂漠の道だ。国道らしき道でもかなりでこぼこしていて、車に乗っているのは結構辛い。サマルカンドはシルクロードの重要な拠点として古くから栄えていた都市だ。タシケントは首都ではあるが、ソ連時代の名残が強く残った都市という感じ、サマルカンドは歴史と古いモスクなどの見どころがたくさんある。なのでウズベキスタンに観光に訪れる人はみなサマルカンドへは行くようだ。砂漠の中をつっきる国道をひた走り、検問所のようなところを抜けるとSAMARQANDという大きな看板が見える。市街に入ると、白い壁の割合大きな家が立ち並ぶ住宅街のようなあたりに入り込み、大きな門のあるりっぱな家の前で車は止まった。ここがハビブさんの知り合いのムボーラさんという女性がやっているというレストラン兼ホテルということだ。なかなかのいい雰囲気にホッとする。門をくぐって中に入る。
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建物に入るとすぐそこは中庭になっていて、吹き抜けのスペースを取り囲むようにちょっとリゾート風の建物が建っている。真ん中に例のちょっと上にあがって座れるようになったところがあり、セッティングされたテーブルが用意してある。
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他にも2つ3つの団体用にテーブルが用意してあった。このテーブルの後ろの部屋は宿泊できるらしく、ヨーロッパ人風の家族が出入りしていた。
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中庭をぐるりととりかこんで白い窓とドアがあり、たくさんの植物と鳥かごに入った鳥の鳴き声が響き、なんともいえないエキゾチックで豪華な雰囲気だ! 

ムボーラさんと挨拶を交わすと、真ん中のテーブルに案内された。
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もう夕方が近いような中途半端な時間だったが、どうやらお昼を用意していてくれたらしく、軽い食事をいただくことになった。
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3種類のサモサ(お肉、じゃがいも、かぼちゃ)、焼き立てのナン、ごはんの入ったスープ、ぶどう、チャイ。サモサはジザックで食べたのとは違い、割りと小さめで皮もパイみたいなサクッとした感じ、中身もそれぞれ味が違ってとても美味しかった。しかし、食事にたかるハエがすごい。
 
そのあと、わたしたちが料理に興味があることを伝えてもらっていたらしく、キッチンでピラウ(ピラフ)の作り方を教えていただけるという。キッチンの中は、オーナーが女性ということからか、料理を作っているのはほとんど女性。男の人はボーイさんかお手伝いのようだった。
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レストランの厨房らしく機材は揃っているものの、なんとなく家庭的で使いやすく温かい雰囲気のキッチンだった。
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これがサモサ。タンドールではなくオーブンで焼いているようだ。成型が女性的で細やか。

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さっそく人参を切って!と包丁を渡された石川君。ウズベキのピラウ(オシュとも言う)には人参が必ず入る。色がとても黄色い中央アジア特産の人参なのだそうだ。
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どうやって使うものなのか聞きそびれました。

ピラウの方は、一緒に作りながら丁寧に教えてもらう。ウズベキ名物とは言っても地方によって随分いろいろと違いがあるらしい。ここでは肉、たまねぎ、人参を重ね煮(蒸し煮の一種)してから米を加えて炊き上げるやり方。レストランなどでは専用の大きな鍋で大量に作るものらしいが、ここは無水鍋のようなもので作っていた。

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やがて暗くなってきた中庭のあちこちに明かりが灯され、ほかのテーブルにも人が集まってきて夕食が始まった。私たちもさっき食べたばっかり、と思いつつもいただくことになった。と思ったが、昼が遅かった配慮からか、ピラウとマントゥという蒸しギョーザの2種類だけだった。このマントゥという料理、見た目はほとんど中華の蒸しギョーザ、中身は羊の挽肉と玉ねぎ、そしてこれにヨーグルトをたっぷりかけて食べる。ところでマントゥと言えば、トルコにもあった。2センチ四方くらいの小さな生地に小指の先くらいの肉の具材をのせて包み、ゆでてスープに入れたもの。中国、中央アジア、そしてトルコと形を変えながら伝わっていった様子がわかるようでとても興味深かった。トルコのあとはパスタとなってイタリアに行ったのだろう。

 さて他のテーブル席になんと日本人の団体客がやってきた。観光バスで乗り付けて10人ちょっとくらい、年配の方が多い。食事がはじまってしばらくすると民族衣装を着た踊り子さんと楽器で演奏する人2人くらいが現れて、その日本人向けに歌と踊りが始まった。盛り上がってきたところで1人2人と日本人客をひっぱりだして一緒に踊ったりしている。私たちを含め他にも食事をしているテーブルはあるのだが、その日本人たちのところだけ異様に盛り上がっている。しかもだれかお誕生日の人がいたらしく、サプライズ的にケーキまででてきてみんなで歌いだすやら大騒ぎだ。踊り子さんたちが帰っていってちょっと落ち着いたところでアリシェルさんが話しかけてみたいとうずうずしている。ちょっといたずら心でわたしと藍子とアリシェルさんで家族と偽って話しかけてみることにした。こんばんわー、日本の方ですか?するとあっさりと信じられ(当たり前だよな)こっちに何年くらい住んでいるのかとか子供は日本人学校とかに行ってるのかとかすごい質問攻めにあい、うろたえて、いや冗談ですといってもこんどはほんとのことがなかなか信じてもらえず焦ってしまった。我ながらあほなことをしてしまったのだが、アリシェルさんはとにかく日本人とみると話しかけたくなってしまう人で、だからこそこんなに日本語が上手なんだなと改めて感心してしまった。語学が上達する人というのはおしゃべり好きな人なのだ。

 日本人の団体さん達は食事が終わるとここには泊まらずまたバスに乗り込んでいった。静かになってお開きという雰囲気になり、わたしも疲れたから休もうと思ったら、石川君はハビブさんとアリシェルさんと、イスラムの先生のお宅に出かけてくるという。それでわたしと藍子と2人で部屋に案内してもらうとそこは迎賓館のような部屋なんだが、宿泊用という感じではなく、部屋自体は広い食堂で、端の方に床が高くなった場所があり、そこに布団が敷いてあり、そこで寝るということらしい。なんかへんな雰囲気だがまあ気にせず眠る。石川君は随分深夜に帰ってきた。
posted by おかこ at 2010年08月25日 | ウズベキスタン

第15話 羊をいただく

9月30日(水)
 朝の礼拝をすませた石川君が起こしにくる。外は気持ちいいよー。にわとりと牛の鳴き声が聞こえてくるほかは何の音もしない。この無音な感じ、トルコのアダナの村の家で朝感じた感じと似ている。日頃わたしたちは本当にノイズだらけの所で暮らしているんだなあ。これくらい無音な朝の空気はなんか質感が違う。藍子を起こして外へ出てみると家の人はみんな起きていて、家の裏にまわると裏は小さな山になっていて、飼っている牛たちを子供と奥さんが放している。牛はてんでに山を登って草を食べたり歩きまわったりしている。朝日はもうすっかり顔をだしていて、空が青く光っている。石川君もアリシェルさんもみんな山に登っているので私と藍子も登っていった。
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振り返るともう集落が見渡せて、その向こうにえんえんほこりっぽい大地が広がっている。かすむ地平線がどこまでもつづく。
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真ん中の建物がわたしたちが泊った客用の家。

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もすこし登ったところ。集落といっても大してない。
上を見ると、さえぎるものなく太陽と空が私に向かってくる。小さな1個の生身の人間としての自分を感じる。圧倒的な自然に対峙する力が、わたしには足りない。日本での私の生活や日々考えていることなど、ここでは何も意味をなさないのではないかとすら思えてきてしまう。

 牛たちと一緒にぶらぶらと山をおりる。家に戻ると朝食の用意ができていた。
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朝食は目玉焼きとソーセージ(多分市販品)、ヤギの頭と内臓のソーセージ、やぎの脳みそペーストを塗ったナン、ぶどう、レーズン、くるみ、ナン、お茶。ハビブさんがまた丸いナンを固そうに割ってゴトリと配ってくれる。ヤギのソーセージは私は辞退しちゃったけど、脳みそペーストは少しいただいてみた。レバーペーストみたいで結構いける。ハビブさんもこれを塗るナンは薄くスライスしてから塗ってくれた。ウズベキスタンのナンはすごく大きいので、結構残るのに食事のたびに新しいのを割ってくれるのはお客へのもてなしということなんだろうなと思う。アリシェルさんが前に話してくれたのだが、ウズベキではナンは本当に大切にされている。結婚式のときにナンを頭の上において、ナンを自分たちより大切にします、と誓うのだそうな。そのほか、テーブルに置いたナンは決して裏返しに置いたりしない。残さない、捨てない。など、厳しくしつけられているそうだ。日本でもお米に対してはそういう考えですよ、とアリシェルさんに話したのだが、米の一粒でも大切にしないと叱られたのはどのあたりの世代までだろうかと考えてしまった。食事のたびにナンを割ってくれるハビブさんのその大切そうな尊厳のあるしぐさがとても印象的だった。

 朝食を済ませると車のお迎えが来ていて、羊飼いの人のところまででかける。ハビブさんは車は持っていなくて、近くの人に頼んで乗せてもらっているらしい。小さな集落なので、あっという間に何もないほこりっぽい道をガタガタと走っている。よく道がわかるもんだと感心する。そして、本当に何もないところに小さな建物が見えてきて、そこで止まると細長く四角いコンクリートのかたまりは家だった。
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ここに、小さな子供のいる若いお母さんが住んでいる。どういう構成で住んでいるのかは不明。結構何人も人がいた。
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これも家。外に置いてある大きな寝台のようなもの。トルコでも田舎ではよく見かけたのだが、クルパチャ(細長いふとん)を敷いて
靴をぬいでちょっと上がっておしゃべりをする場所。

今近くで羊とヤギに水を飲ませているから見に行こう、というので歩き出す。地面はずっと平らな荒れ地。こういうのを砂漠(デザート)というのだそうな。砂丘ではなくね。そして孤独な電柱がはるか彼方から並んで立っている。電気だけはこうしてやってくるのだ。
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コドクな電柱。しかしさっきの家にも電気はきているし、テレビもあった。

日差しがすごく強くてさえぎるものもなくて、頭がくらくらする。頭上からも足元からも太刀打ちできないくらいのエネルギーが放射されてる感じがする。

歩いていると途中でロバにのった男の人とすれ違う。男の人は足をしばった黒い羊をかかえている。あとであれを切ります、とハビブさんが言う。前方にヤギの集団が見えて、井戸からくみ上げた水を飲ませる場所になっているのがわかってきた。
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羊よりヤギが多い。

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羊飼いのおじさんは乱暴に足で蹴りながら羊たちに水を飲ませていた。多分そうしないと気の強い羊しか水が飲めないのだろう。

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藍子のお気に入りの羊。こんなところにきてもカワイイものをみつけちゃう藍子。わたしよりウワテだ。
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藍子があのこがかわいい、と言ったからかなんとなく群れから離れて座りこんだ。
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なでてみたりして。

今来た道をまたぶらぶら歩いてもどり、家に着くと、少し離れた木陰で羊を切ることに。「羊を切る」という言い方は、アリシェルさんが日本語で通訳してくれるときに言っていた言い方で、最初はちょっと違和感があったのだが、「斬る」とか「kill」とかと意味がだぶって聞こえるのでなんか独特の雰囲気を感じるようになった。
木陰に行くと、さっきの足をしばられた黒い羊が横たわっている。ハビブさんはまずお祈りの言葉を唱えると、あとは慣れた手つきでさっさと進めていく。まず首の動脈を切る。地面の少しくぼんだところに一気に血を流しだす。イスラムではここで血を全部出し切ることが大切なのだそうだ。といっても大した量ではない。次に足首のところから皮と肉の間に木の棒をぐいぐいっと差し込む。よくしごいてしっかり皮をはがすと棒を抜いてそこから口をつけて息を吹き込む。すると空気が皮の下にはいりこんで、体中がぱんぱんにふくれあがっていく。風船みたいになった体をちょっとボンボンと叩いて、しっかり空気が入ったことを確認している。そして皮をナイフではずしていく。まず片側、つぎに反対側、背中がまだついているところで足首と頭をおとして、後ろ脚をひもでしばって木からぶらさげて、それから残りの皮をはずす。そうすると肉に土がつかないのだ。肉はとてもきれいで、血が流れたのは本当に最初だけだった。おとした足首、頭、皮はきれいに並べてある。そして下にタライを置いて腹を切って内臓をだす。ここまでほぼナイフ1本。このあと肉を細かく分けていくときに手斧みたいなので骨を切っていたが、あざやかなものだ。どこをどうすればどうなのか、完全にわかっている。時折鼻歌すら。ふとハビブさんは獣医さんだからなのか?と思って聞いてみたら、ここの人たちはしょっちゅう羊を食べているので、しょっちゅうやっていることなんだそうな。
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さて、肉を持ってさっきの家に戻るとそこの若いお母さんがそれを料理してくれた。ハビブさんの家もそうだが、台所の火は基本的にかまどなので、半屋外になっている。この家の場合は屋根はあるがほとんど外、っていう感じ。
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ここで肉や野菜を切っている。
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肉を切るハビブさん。
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その横にあるかまど。
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その横から家の裏をのぞいたところ。

料理をしている間、それを眺めて待っていたのだが、わたしはちょっと炎天下でダウン気味、柱にもたれてしゃがみこんでいたら、ハビブさんが疲れた時に効くという草の実をいぶして焚いてくれる。
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石川君と藍子は坊やと遊んでいる。

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料理は、まず羊の油で肉をいため、玉ねぎ、ピーマン、トマトを少し入れて、水とじゃがいもを入れてふたをして煮込んだもの。味付けは塩とクミン。料理ができあがると室内に案内された。中はうす暗くて床はカーペット、狭い部屋の中には赤ん坊のゆりかご、その横で小さい坊やが一人寝ている。台の上に食事が用意されていて、奥の壁には衣装箱みたいなものが積んで布がかけてあった。

 できたての料理、じゃがいもがホクホクして肉も癖がなくやわらかくてとても美味しいのだが、すぐおなかがいっぱいというか胸がいっぱいになって、あまり食べられない。石川君も羊を食べたいとリクエストした手前いっぱい食べていたが、実はちょっと苦しそうだ。固いナンとチャイと一緒にいただいた後は、水分たっぷりのスイカ。トルコのメロンも美味しかったが、このスイカも本当に美味しかった。気候が乾燥しているほど果物は実の中に水を溜めるのだ。
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料理の写真も撮りたかったのだが、部屋が暗すぎて撮れなかった。ハビブさんがカーテンを開けて光がさしこんだ時にやっと撮れました。この食器はウズベキスタンの超定番。どこの家でも見かけた。

食事が終わって外に出ると、台所で羊の胃や腸をゆでて洗ってきれいにしている。
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作業している母と娘の顔は、多分すごく典型的なウズベキ人の顔。目がちょっと真ん中に寄った感じ。昔は眉毛をつなげて書くという化粧をしていたらしいが、さすがにそういう人は見かけなかった。でもアリシェルさんの眉毛はほんの少しつながっている。
 さっきごはんを作ってくれた若いお母さんはきれいな人だったが、強い日差しの下で生活する人の眉間に刻まれた深いしわが印象的だった。(まぶしいからつい眉間にしわを寄せるのだ。)日差しのせいか暮らしのせいか、ウズベキの人は老けるのも早い。結婚も早いし、そうすると当然一人前に生活できるようになるのも早い。ハビブさんの家は娘2人と男の子が1人。上の娘は15歳でお母さんの手伝いを何でもしている。井戸の水汲みをしたりかまどの火を調節したり。動物の世話をしたり下の子のめんどうをみたり。そしてだいたい17歳から23歳くらいまでには結婚させたいとハビブさんは話していた。

ハビブさんの家に戻り、少し休憩すると、お母さんが夕食の支度をしているので見せてもらう。ついでに家のあちこちを見せてもらったりおしゃべりしたりと、ゆったりとした午後。
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この家が泊めてもらった「お客用の家」。建物の右奥に、朝登った山が見える。

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部屋の中は家具や小物で飾られている。なんともリトルワールドだ!(犬山市の民族博物館のことですよ)

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床はすごく傾いていた。
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外に出たところに水差しが置いてあって、いつでも手が洗えるようになっている。朝はお湯が入っていたし、娘たちも通るたびに中を確認していつも使えるように気を配ってくれている。

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こちらは母屋の端にある台所のかまど。母屋は中庭に面していて、L字型の回廊になっている。回廊の一部がこのかまどのある台所で、建物の中の部屋ともつながっている。

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回廊はこんな感じ。白い壁と窓もかわいい。

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回廊に置いてある寝台(なんと呼べばいいのか?)に腰掛けておしゃべり。柱の上の方にぶらさげてあるかごのようなものの中からハビブさんはひょいと何か丸い物をつまんで口に入れる。自家製のチーズボールだ。石川君がもらって食べたが、すごくしょっぱい!

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母屋の建物を裏からみたところ。なんとなく構造が見える。石を積んで作ってある塀がかわいい。特にくぐるところが。

さて、今作っている料理はこれです。
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これはカザンケバブという料理。カザンとは鍋の事で、肉に塩と杉みたいな香りのある葉っぱをまぶしてじゃがいもと人参と一緒に蒸し器で蒸す料理。
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ちょっとぼけてますが、鍋の中はこんな感じ。この鍋を室内の台所に持っていったと思うと、なんと台の上に電熱器のようなものがあり、その上に鍋を置いて調理を始めた。

さて、外台所のすぐ横には小さな溝があって水が流れている。
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藍子は水遊び、ハビブさんは手を洗っているのか、藍子と遊んでいるのか? 台所のちょっとした洗いものはここでできてしまう。

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回廊に面した中庭はこんな感じだ。低い木立の鮮やかな緑がきれい。木の幹の下の方が白く塗ってあるのは薬なんだと思うが、最初ウズベキ空港に着いた時からどこへいっても見かける。ウズベキ中のすべての木に塗ってあるんじゃと思うくらい、徹底的に塗ってあるのだ。
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中庭ではやぎが数匹草を食べている。犬もいた。
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こんな素敵なスペースもあり、(ここに座ってお茶を飲みたかった!)
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ブランコもある。
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かたすみにかまどもあった。これは多分ナンやサモサを焼く用のかまど。

 カザンケバブを仕込んだお母さんは、次に小麦粉をだしてきてこねはじめた。
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こね上がった生地をちいさく分けてめん棒で薄く薄くのしていく。一枚一枚、すごく薄くしている。私にもやってみる?と言ってくれたので、一緒にのしていったが、私がのしたのをいちいち直される。まだまだ分厚いらしい。かなりたくさんの薄ーい生地ができあがると、かまどに火を入れた。
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かまどの上は中華鍋のようになっているのだが、油をそそぐとそこにまず1枚生地を入れる。手でさっと裏返すとその上に次の生地を重ねてのせて、2枚合わせて裏返す。手で。(もちろん熱そうだ)
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以後ずっとそれを繰り返していくとどんどん生地は重なって焼けてくる。といってもくっつくわけではないので、クレープのようなものがたくさんできるのだ。
 全部焼き上がると今度はそのかまどにたっぷりと牛乳を入れ、水で溶いた小麦粉を入れてかき混ぜる。砂糖もどっさり入れる。しばらくかきまぜているととろーりとしてきて、甘いホワイトソースのようなものが出来上がった。そして先ほどのクレープに一枚一枚ソースを塗っては4つに折りたたんでいく。そして最後に溶かしバターの鍋をさっとくぐらせて、できあがり。ギュルミンドゥという甘い料理だ。
 それを作っている間に大きいほうの娘が何か堅そうなものを切っていると思ったら、それはナンで、たぶん残り物をうまく利用する料理なのだ。固くなったナンと野菜のヨーグルトサラダになった。

 藍子はいつの間にか娘たちと仲良くなって一緒に走り回っている。放っておいておしゃべりしているうちに夕方になってきて、そろそろ中に入りましょう、という感じになる。
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できあがったカザンケバブ、ギュルミンディ、ナンと野菜のヨーグルトサラダ、果物、ナン、チャイがテーブルに並んでいる。藍子は娘たちと母屋の部屋に入って出てこない。どうやらテレビがあるようだ。お母さんが一緒に食べたらいいといってくれたので、テレビを見ながら一緒に食べていたらしい。私たちの夕食の皿を下げて、川で洗って片づけたんだよ、とあとで言っていた。

 カザンケバブはお肉も美味しかったが、なんだかもう肉やミルクなどの動物性のものが重たくて食べ辛く、じゃがいもや人参にばかりつい手がのびる。ギュルミンディは想像通り、甘くてこってりしたボリューミーなおやつって感じの料理。ハビブさんの家は牛を飼っているからか乳製品が濃くて豊富だ。美味しいのだが、なんかもう体に重い。しかしハビブさんの好物だそうで、4つも5つも食べている。ヨーグルトサラダはさっぱりとして美味しかった。固くなったナンがほどよく水気を吸って、食べやすくておしゃれな1品と思ったら、教えてもらった料理だという。このあと明日サマルカンドに行くのだが、そこでハビブさんの知り合いの料理上手な女性がやっているレストラン兼ホテルのようなとこへ行くのだが、その女性がハビブさんの家に来た時にいろいろ教わった料理のひとつだったんだそうだ。

 食事をしながら、石川君はハビブさんに今日の羊はどうでしたか?と聞かれた。石川君が素晴らしく美味しかったが、ちょっと重たくてあまり食べれませんでした、と言うと、ハビブさんは暑い季節には羊の肉は体に良くない、と言う。ハビブさんは季節的には牛の肉をごちそうしようと思っていてくれたそうなのだが、石川君があんまり熱心にひつじひつじと言うので羊を切ってくれたのだ。でも、日本では羊のしかもこんなにフレッシュな状態のものはなかなか手に入らないし、切るところをみせてもらえたのもとても貴重な体験だったといろいろ話した。

 結婚についての話もいろいろした。ウズベキではイスラムの教えを守っているということもあるが、考え方はとても単純で、ある意味本質的といえるのではないかとさえ思った。つまり子供たちは年頃になるまでに男女それぞれの仕事がきちんとできるように仕込まれる。女の子なら一人で家の中のことをすべてできるようになっていなければならない。結婚とは家庭を持ち、子供を産み育てること。恋に落ちたふたりのゴールイン、という場合もあってもその前提は変わらない。もちろん恋愛結婚もあるようだが、田舎ではやっぱり親同士がある程度決めたりということもあるようだ。でも田舎での暮らしの大変さを見ていると、現実的に考えるのが一番まともだし、イスラムの教えに従って生きるのがある意味一番生きやすいのだと思えてくる。ところで藍子は最初の晩にハビブさんにいきなり「おしん!」と言われ、え、おしんってあのおしん?ととまどうわたしたちにアリシェルさんがドラマのおしんはウズベキスタンで有名ですよと教えてくれたのだが、「おしん」の世界がウズベキで共感を呼んだのが分かる気がした。日本に帰ってからウズベキスタンの留学生と話した時に、最近の日本の学生(20歳そこそこの)はおしんを知らないと言っているのを聞いてさみしくなった。ウズベキスタンのことを単に遅れていると言うことは簡単なのだが、おしんのように同じような暮らしをしていた時代もあったのだ。日本が経済的に発展し、自由や個人主義を手にするなかで失くしたもの落としたもの見えなくなったもの、そういうところにやたら目がいってしまう。よく働くハビブさんの娘たち、棒っきれをもって牛や羊を追って山を駆け上っていく一番下の男の子、生き生きとした子供たちの姿に未来を感じる。

そんな話はいつまでも続きそうなので、わたしは先に失礼して休ませてもらった。藍子はどこに行ったんだ?と母屋に探しに行くと、ずっと娘たちと一緒で、テレビをみながらくるみを割って殻から出すのを手伝っていた。
posted by おかこ at 2010年08月13日 | ウズベキスタン

第14話 田舎に向かう

9月29日(火)
 午前中にアリシェルさんが警察に行って書類をもらってきてくれたので、滞在の手続きがやっと完了した。こんなややこしいことになったのは、ホテルに滞在しなかったからで、旅行者として普通にホテルに泊まればすんなりいくのだそうだが。ともあれ、お昼にいよいよ出発。まずは近くのレストランで昼食を、ということになる。
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近くの公園にはバンビもいた

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大通りには、ずらっとお店が並んでいる。焼きたてのパンやサモサなどを並べている。

アリシェルさんが入った店は、入り口はそんなに広い感じじゃなかったのに、中は広くてしかもなんだかゴージャスだった。
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家具までいちいちでかい。

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一隅に水槽があり、

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魚がおよいでいた。

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藍子が最初の日に食べたチキンスープのうどんが気に入っていたので、それと、シャシリク(焼き肉)、サラダ、サモサ、ナンとチャイをたのむ。チキンうどんは「クリンナヤラプシャ」というのが正しい名前で、もとはロシアの料理なんだそうな。この名前もロシア語なのだ。あっさりしたチキンスープに小麦の細くて短いうどん。ディルやコリアンダーのみじん切りが上に乗っていて、それがまた美味しい。うどんというか、つまりスープだ。

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サラダは生の野菜を切って盛りつけただけ、というのが多いのだが、野菜というかハーブの方が多い感じ。ここは盛り付けも面白かった。ナンは大きなものが丸ごとでてくる。いつもアリシェルさんが手でちぎって配ってくれるのだが、これは家長の役目らしい。お茶も作法がある。土瓶みたいなのに入って出てくるのだが、湯のみに1杯注いではまた戻す、というのを3回やる。そしてそのあとは、1杯目は自分に、2杯目は一番上の人(客人やお父さんなど)、そして順番に注いでいく。そして土瓶から一番最後のお茶が注がれると、「いちばんおいしいとこ(アッラーの恵み)」と言われる。食事の時のチャイは、ウズベキ人もトルコ人に負けないほどおかわりをして飲む。湯のみが空になると、即座に注いでくれるし、いつでもみんなおかわりをしては飲んでいるのだ。

さて、食事が終わるとタクシーでバス乗り場へ。2時発の大きなベンツバスがあるというのでバスで出かけることにする。アクバルさんは田舎へは一緒に行かないのだが、ずっとついてきてくれて、重い荷物をもってくれたりバスの時間を調べてきてくれたり、水を買ってきてくれたりと、気を使ってくれる。

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バスを待っている間、あたりをぶらぶらする。ロシア語の看板はほんとに書いてあることがわからないところが面白い。

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バスターミナルの建物。建物も古めかしいが、車も古い。古い車がたくさん現役で走っている。

いよいよ出発だ。アクバルさんとしばしのお別れ、ほんとうにできた人だった。タシケントにいた間中、彼はいつでも細かく気配りをしてくれた。特に藍子と歩いているときなど、藍子が遅れれば歩調を合わせ、段差があれば手を差し出し、待ち時間などあればボールや風船を買ってきて遊んでくれる。こんな22歳、日本にはちょっといないんじゃないか?

バスはガタガタと揺れながら、すぐに街を出てほこりっぽい道を走りだす。時折家がたくさん並んでいる集落を通る。白い壁に瓦のようにも見える屋根があるような家がたくさん建っている。
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結構新しい感じの家だった。

広い綿の畑もたくさん見た。畑作業の移動らしく、小さなトラックの荷台に人がわんさか乗って走っていくのも見た。ウズベキスタンは綿花栽培が盛んなのだが、しかしそれはソ連時代に政策として広まったもので、重労働の上植民地のようにひどい搾取をされていたのだそうだ。独立後も綿は作られているのだが、連作で土地が痩せ、水が枯れるなどの問題もたくさん起きているそうだ。

道は悪くてものすごくガタガタ揺れる。でもまあ遠足気分でお菓子を食べたりおしゃべりしたりしていたのだが、バスで3時間と聞いていたのに、一向に着く気配がない。どうもバスだとのろいのでもっと時間がかかるらしい。日暮れまでに着けるのかなあと思ううちになんとなく暗くなってきた。窓の外はずーっとほこりっぽい平地でもう家も何もなくただただ何もないところを走っているのだが、ふと反対側の窓を見ると山が近くに見えている。日が沈みかけた空に、山がシルエットに浮かんでいて、でもまだぜんぜん到着しそうになく、なんだかどきどきしてくる。ここで何かが起きても誰も発見してくれなさそうな砂漠の真ん中で、まったく言葉のわからない人たちに囲まれてバスがどこに向かっているのか確認することもできず、子供を連れてこんなとこに来ちゃって本当に大丈夫?私の心配性の虫は騒ぎ出すと止まらない。心細いなかで自分が一人の人間なんだと考えるうち、人間として大事なものはなんだろうかと自問しはじめ、包容力、受容力、赤の他人を受け入れる力、みたいなものがこういう場所に一人置かれたときに一番大事なものなのだろうかなどと思った。つまり大きなハートということ。そんなことをドキドキ考えるうちに、本当に真っ暗になってしまった!もうすぐ7時だ。5時間も乗っている。と思ったら、やっと、やっと着いた。今夜お世話になるイスロムさんのおじさんのハビブさんの家からお迎えの車がきて待っているという。急いで車に乗り換えて、さらに30分。さらにガタガタ道をとばしていく。途中ところどころ急にスピードを落として迂回するような運転をする。そうとう道が悪いらしい。そのうち暗闇に白い土壁が浮かんで見え始めた。集落に着いたらしい。なんかものすごいとこに来ちゃったんじゃないか?とすごい不安。そして車は門から中に入って、明かりのついた家の前でとまった。

 案内されるままに家の中に入る。白い分厚い壁、床は木で全体になんとなく傾いている。玄関入ってすぐの土間に大きなガラス張りの冷蔵庫が置いてあり、壁には空港会社の大きなポスターが貼られてある。入り口で靴を脱ぎ、正面の部屋に入ると絨毯が敷いてあり、壁には民族衣装や伝統的な家具や小物らしきものが飾られていて、なんというかリトルワールドみたいな家なのだ。そこに荷物を置いて、玄関の隣の部屋に食事が用意してあります、と案内され、この建物はお客用の家です、と言われる。
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暗いのもあって写真がよくないんですが。部屋は結構広い。絨毯が敷き詰めた中に低いテーブルが整えてあり、長ーい座布団のようなものが敷いてある。これはクルパチャといって、座布団にも使うし、敷布団としても使うものらしい。すごく長いのを折って使う。

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テーブルの上にはレーズン、くるみ、ぶどう、りんご、キャンディなどがきれいに並べてある。そして席に着くとどんぶり一杯のヨーグルト(一人一個!)。そして野菜たっぷりのやさしくおいしいスープが出てきた。そして大きなパンをハビブさんが固そうに割ってゴトリと配ってくれる。固い。(おそらく冷蔵保存されているのだろう)パンは固かったが、くるみもレーズンもぶどうも、また今までにない美味しさ! ヨーグルトも美味しい(でも量が多い)スープもやさしいしみこむ美味しさ。着くのがすっかり遅くなってしまったので、軽めの夕食にしておきましたとのこと。食事中になぜか酔っぱらった親戚が乱入してきた。イスロムさんもハビブさんも敬虔なイスラム教徒、お酒は厳禁なイスラム家庭で酔っ払いはめずらしい。しかも話を聞くと国営ウズベキスタン航空のパイロットだという。初めはこれがパイロット?と思ったが、話をするうちに面白そうな人だと思えてきた。石川君にお酒は駄目だと怒られていた。イスロムさんの親せきはすごい人、面白い人がたくさんだ。

 食後に明日はどうするかと話をする。ハビブさんは獣医をしている人だそうで、その関係もあり、ヨーロッパなど外国からお客が来ることもあるという。また、自然の中での暮らしを体験するという観光ができないかとあれこれ考えてもいるという。どうも村ではぜいたくな暮らしをしている家のようだ。翌日は石川君のたっての希望で羊のトサツを見せてもらうことに。そしてどんな料理を食べたいか、という話などして早々に寝る。水道はなく、玄関の横にタンクがぶら下がっていて、下のところをチョンチョンと押すと水がでてくる仕掛けの装置がある。わたしが子供の頃にトイレとかにあったようなやつだ。そしてトイレは外で、白壁のちいさな小屋の中に一応洋式便器がついていた。(もちろん水洗ではない)さっき車から降りたところはどうも中庭のようで、低い木立の素敵な庭のようだった。ちいさな明かりしかなかったが、母屋の方も気になる。しかし今日は頭が疲れたので、色々観察するのは明日にしよう。とにかく寝る。荷物を置いた部屋の奥にさらに広い部屋があり、そこに奥さんがクルパチャを敷いてくれる。あたたかい。床なので広々とよく寝れる。
posted by おかこ at 2010年07月11日 | ウズベキスタン

第13話 20年前はソ連だった街

9月28日(月)
 疲れているくせに夜更かしをし、だらだらと飲み食いし、そんなんでは調子いいはずないのだが、胃は重いし頭も重いし、体も動かない。10時すぎに石川君がソーセージのボイルと目玉焼き、にんにくカレースープとフルーツの朝ごはんを作ってくれたのだが、なんかもう食べれるものをつまむ、という自堕落さ。昼過ぎまでそんな感じで過ごす。しかし、テレビは面白かった。たぶんロシアの番組なんだろうが、チャンネル数も多くて子供向けの番組もさがすとどこかでやってるかんじで、すごく面白い。特に、コマ撮りの実写アニメ!模型のセットの中をお人形が音楽に合わせてちょこちょこ動くやつ。言葉は分からないけど、こぐまの坊やがひつじのおばあさんのとこに出かけていくとかそんな感じなんで見てるだけで楽しい。当然藍子も釘づけだ! セットのディティールも結構凝ってるし、何よりお人形の顔がかわいい。しかも、ぼんやり見てたらなんか聞いたことのある音楽???はっと気付くとそのメロディーはサザエさんの挿入曲なのだった!こんなとこでパクられてる〜と笑ったのでした。他にも料理番組とかビックリ投稿映像とか動物ものとか。ついつい結構見てしまう。

 2時半くらいにアリシェルさんが来て、さらに夕方近くなってアクバルさんが来て、それでやっと出かける。ウズベキ空港に着いた時に旅行かばんが壊れてしまったので、買っておきたいのだ。
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お洒落なおばあさんとすれちがう。

さて、買い物はホームセンターみたいなとこで。広い建物にかばん屋さん、服屋さん、食器屋さん、みたいな感じでいろいろ入っている。かばんを買ってからあちこちぶらぶらしていると、アンティークショップみたいなのがあって、かわいいフォークを見つけてしまう。値段を聞くと1本20000スム、と言われてムリムリ!と思うがよく考えれば1800円。フルーツ用の小さなフォークだからちょっと高いが買えないこともない。しかしアンティークだからと言って負けてくれる気配もない。でもドルで払うと言ったらその方がいいらしく、金額が飛び交ううちにもういったいいくらなんだかさっぱりわからなくなってしまったら、結局4本で40ドルと言われて、え?40ドルでいいの?とすんなり買ってしまった。つまり4本で3600円だった。しかし店をでるとものすごく汗をかいていた。

 ぶらぶら歩いてまたモスクに行く。今日も石川君とアリシェルさんが中に入り、アクバルさんとわたしと藍子は外で待つ。ふと見るとモスクの向いにキオスクみたいな小さなお店があり、外にはテーブル席もある。何か飲もうとそこへ行って待つことに。中に売り子が一人いるだけの小さな店、聞いてみるとやっぱりあったかいお茶はない。コーラとファンタオレンジとチョコレートを買って、座って飲む。気のきいたカフェのないところが残念なところだが、日本だって街中じゃなけりゃ気のきいたカフェなんてないよな、とも思う。トルコはヨーロッパ的なんだな。そのうち石川君とアリシェルさんも合流。
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ロシア語はアルファベットの使い方がちょっと違うので、ハンバーガーやホットドッグがこうなる。

暗くなってきたのでまたまた夕食をどうするかということになり、近くのレストランに入ってみることになった。やたらとでかい建物のそのレストランはソ連時代に建てられたものらしい。タシケントにはやたらとでかくて古い建物がたくさんあって、機能はしているもののやたら古めかしい空気を醸し出している。入ってみると中庭があって、建物の入り口近くにある厨房がちらりと見えた時にちょっとやばいかな、と思ったのだが客席についてしまった。というのは、おそろしく活気のないレストランなのだ。もしくは閉店まぢかだったのか。「営業してますか?」と聞けばよかったのか。入るときにはほかにも客はいたような気がしたのだが、気づくとほかに誰もいない。でもまあ座っちゃったしちゃんとした店のようだし、とメニューをみながらアリシェルさんに説明してもらい、あれこれ選んで店の人を呼ぶと、あれもこれも売り切れだという。何があるのかと聞くと結局ラグマンという肉入りうどんしかないらしい。それも頼もうと思っていたので、まあいいか、とそれを5つ頼む。
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このラグマンという料理はウズベキの伝統的な料理ということだが、似たようなものは中国の西方辺りから中央アジアにかけてあるらしい。羊肉とピーマン、玉ねぎ、トマトを炒めてうどんと一緒にスープにからめた料理だ。うどんは結構しっかりしていて、少しくどいもののなかなか美味しい。日本人にとってはなじみのあるようなないような、変わった料理に思えるのだが、スタンダードな味付けなんだそうだ。これをトマトときゅうりのサラダとナンと一緒に食べる。そして番茶のようなチャイを飲む。
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レストランの内部はこんな感じ。店を出たのは7時半くらいだったが、帰ると即座に閉店していた。やっぱり終わりがけだったのだ。

 そこからはぶらぶら歩いて帰る。すると公園の中に遊園地があり、やたらとにぎわっている。さっきのレストランと随分対照的だ。
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遊園地といっても入場料もなく、公園を歩いているといきなり入り込んでしまう。みんな散歩のついでみたいに遊んでいる。電飾キラキラ、ジェットコースターやメリーゴーランド、ゲーム機にUFOキャッチャー、ジュースの屋台などなど・・・。藍子の目はキラキラしだすし、こりゃちょっと遊んでいくか、ということに当然なる。
まず乗った車の遊具がすごかった。石川君は小さい頃乗ったことがあるというのだが、とにかくゴーカートみたいなのにのって、一定のスペースの中をみんながいっせいにめちゃくちゃに走り回る。そしてドーン!ドーン!と車をぶつけあう!3分間、大人も大笑いしながら知らない人どうし車をぶつけあう遊び!面白かった〜。雰囲気的に20年くらい前の遊園地って感じだった。ひとつとても乗る気になれなかったが、2人乗りのもんのすごいブランコに乗っている人がいた。遠心力を利用してすごい振り回されている。絶叫マシーンというかゴーモンというか人体実験というか・・・。わたしたちはほんわか系なので、水の上を走る車とかもぐらたたきとかUFOキャッチャーとかで楽しんだ。
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中国製もぐらたたき。景品も中国製だった。

アパートに戻ってまた紅茶をいれてケーキを食べる。あのでかいケーキをやっと食べ終わった。今日はずいぶんゆっくりしたので胃も体も休まった。明日からはいよいよ本命の小旅行にでかける。イスロムさんのおじさんがいるファーリッシュという田舎、有名な遺跡都市のサマルカンド、ブハラ、ブハラではアリシェルさんの実家も訪ねる予定。またまた盛りだくさんになりそうだ!着替えと非常食(ぱりんこ)とやわらかいトイレットペーパーをリュックに詰めて、今日は早く寝る。
posted by おかこ at 2010年07月09日 | ウズベキスタン

第12話 チャイはチャイでも味は番茶になりました。

9月27日(日)
 朝はゆっくり8時半まで眠る。いい天気。このアパートの部屋には、小さいけれどキッチンがあり、冷蔵庫があり、テレビもあり、久しぶりに自炊ができて家族3人だけでゆっくり過ごすことができる。昨日のスーパーで買った米と、持ってきたお味噌を使って、石川君がご飯とみそ汁の朝ごはんを作ってくれた。
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長旅用にと持ってきた食材は、味噌、醤油、切干大根、干ししいたけ、梅干、梅醤(練り梅に醤油をまぜたもの)、おせんべ(ぱりんこ)、あとフリーズドライ味噌汁。切干大根と干ししいたけ、というのは旅慣れた友人から教えてもらったのだが、彼女が言うには「切干大根と味噌さえあれば、あとお湯をもらうだけでとにかく味噌汁が飲める」というのだ。なるほどこれは重宝した。日本食が恋しくて、というより、疲労しきった胃にはこういうメニューがありがたいのだ。

 食べているうちにアリシェルさんとアクバルさんがやってくる。アクバルさんはなんとでかいケーキを買ってきてくれた。
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箱が段ボール、というのがすごい。しかしでかい。みんなでケーキを食べておしゃべりして、テレビを見たり、せんたくものがたまってしまったのでとにかく洗って干して、荷物を整理して、とかやってたらお昼になってしまった。

 アパートを出て地下鉄でバザールまで出かける。
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近くの公園にパンダがいた。

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なんとなくロシアを連想するでかい建物がたくさん建っている。

 地下鉄で、タシケントでおそらく一番大きいチャルスバザールという所へ行く。駅を降りるともう目の前で、日曜ということもあってか、すごくにぎわっている。
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看板やテントもロシア文字が多い。

まずは雑貨のエリアをのぞく。
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生活雑貨の店はほとんどがメイドインチャイナな感じ、プラスチック製品がほとんどで、良質な感じのするものはまったく見当たらなかった。

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こちらはカゴ屋さん。

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きれいな模様の陶器はここらあたりの工芸品だ。針の先で細ーい線を描いた細かい模様のお皿もある。滞在中に少し買って帰りたいなーと思いつつ物色。湯のみのディスプレイがすごい。

雑貨はあまり買いたいものもなかったのでなんとなく足はフードエリアへ。それにしても広い!野菜にフルーツ、ハーブばかりを売っている店もあるし(ハーブの種類はフェンネルやコリアンダーが多かった。なんとなくアジア寄りな感じ)、スパイス、チーズ、ソーセージ、お菓子やお惣菜などなど・・・
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りんごと梨。こちらでも梨といえば洋梨だ。なぜか金歯の人をよく見かけた。

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これは多分りんご。ウズベキスタンは本当に色んな顔の人がいる。ウズベキ人はトルコ系と言われるが、トルコ人ともまた違うし、アジア的といっても中国や日本に比べるとまた独特の何かがある。野性的というか険しい感じもある。かと思うと金髪碧眼のロシア人もいる。

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レモン。これもディスプレイがすごい。バザールはどこへいってもディスプレイが凝っていた。パッと見たとこ山積みのじゃがいもなんだが、よく見ると1個ずつきれいに重ねたらしく整列していたり。写真に撮れなかったが、真ん丸のきれいなチーズをよく見かけたのだが、まるでお月見団子のようにピラミッド型に積み重ねてあってかわいかった。

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この手のジュースがいっぱいあった。滞在中、コーラとファンタオレンジをよく飲んだ。

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お菓子。昨日のスーパーでもこうやって売られていた。どういう単位で買うのかわからず、なんとなく買いそびれた。

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スパイスの山!ほかにナッツ類も豊富だった。

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さらにお惣菜エリア。このコーナーでは後ろにテーブルがあって食べることができる。

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この2枚はキムチ屋さん。昨日の屋台でも見かけて不思議に思ったのだったが、ウズベキスタンには朝鮮系の人々もたくさん住んでいて、キムチやナムルなど朝鮮の料理もかなり普通に食べられているそうだ。このあと訪問したご家庭でも、春雨のサラダのようなものはよくいただいた。ただ、キムチは朝鮮人しか作れないらしい。秘伝の味を守っているのだそうだ。なのでやはりキムチ屋さんは朝鮮人だなあと思わせる顔立ちのおばちゃんがやっているところが多かった。

さて、私たちも何か食べましょう、ということになる。やっぱりシャシリク(焼き肉)かな。
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このおじさん、顔もいいし服もいい。お肉も美味しそうだ!こちらでいただくことに。
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串にさした肉を炭火で焼いてくれる。

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シャシリクとナン、サラダ、チャイをオーダーしてテーブルに着く。チャイは陶器のポット(土瓶?)で出てきて、湯のみで飲む。味は薄い番茶のような味。ナンは大きな丸い平たいパン。アリシェルさんがちぎってみんなに配ってくれる。ナンでお肉と玉ねぎをはさんで食べる。トルコのケバブがシャシリクになり、エキメキがナンになり、チャイはチャイでも味も食器もアジアになった。トルコのアダナケバブ屋さんで食べたものと似たようなもののはずなんだけど、ディティールが違うと全体が違って感じられるところがなんとも面白い。
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ビニールの安っぽいクロスのかかったテーブルに座り、炭火の煙で曇った中でがっつりと肉を食べながら、すっかり文化圏の変わったことを実感。トルコを見てきたあとだからこそ感じられる、この大きなつながりと微妙な違い。中央アジアという文化に、ちょっとずつ馴染んできました。

さて食べ終えると、3時からのサーカスに間に合うようにと移動。チョルスバザールから歩いてすぐのところにサーカスがあるという。歩いていくと、大きな公園のような中に大きな体育館のような建物が見えてきた。移動式ではなく、サーカス劇場とでもいうのだろうか。まずは窓口で切符を購入。
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建物が面白くてきょろきょろする。
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大きくて重厚な建物。古びてはいるがぜいたくだ。
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サーカスの壁画。
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こちらはポスター。

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ロビーには空気のはいったふわふわの遊具が置いてあり、遊ぶ藍子。写真後ろの方の頭から何かつきでたキャラクターが気になる。
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ちょっとくたびれたかんじがかわいい。

時間になり、会場の中に入る。中は親子連れでとてもにぎわっている。
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客席にぐるりととりまかれたステージで、2階あたりの一角には生バンドがリハーサルをしている。お客がどんどん入ってくるとステージでは、空中ブランコや仔馬に子供を乗せてくれるサービスが始まった。みんな順番待ちをして、つぎつぎに乗せてもらっている。

いよいよサーカスが始まった。美女がフラフープをぐるぐるまわしだす。フラフープはどんどん増えていき、ついには30個くらいをいっぺんに全身でまわしまくる・・・それから体のやわらかい少女がでてきたり、かわいい犬の芸があったり、天井からつりさげられた1本のロープをどんどん登っていってポーズをとる美女、筋肉隆々の男たちによる大縄跳びってのもあった。すごい複雑な飛び方をしていた。合間にいちいちピエロのコントが入るとこも和める。出し物はだいたい録音された音楽がかかり、これがまた古めかしいテクノっぽいのがあったりしてかなり私好みだった。ピエロのときは2階のバンドの生演奏が多く、ホーンが多くてこれまた私好み。それからウズベキの伝統的な踊りというのもあり、これがすごく不思議な振付の面白い踊りだった。踊りながら時折「キャッ」て感じの高い声をだすのだが、それがまたなんともあとを引く不思議な感じ。あとは火吹き男もでてきた。すごいメタル風の衣装、音楽ももちろんメタル調。たいまつを持って現れて、口から火を吹いたり、たいまつを口の中に入れたり、すごい芸だったが音楽もすごくて盛り上がった。
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これがウズベキの伝統的な踊り。
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そしていよいよクライマックスは馬!曲芸乗りというのか、かなりスピードをだして馬を走らせながら色んなポーズをとる。馬を走らせるにしては随分狭いステージだと思うのだが、すごいスピードでぐるぐるぐるぐるまわりながら馬から落ちそうなくらい身をのりだしたり、前の人が落としたハンカチを次の人が拾ったりとかしていた。馬に乗っている人は女性もいた。とにかく人と馬の一体感が素晴らしく、やはり馬との歴史が長い中央アジアだからこそのこの一体感なんだろうかと感動してしまった。

 サーカスが終わり外にでると、フーセン売りがいたり、ロビーにもあった空気入りのふわふわ遊具が何種類もあったり、ディズニー風の着ぐるみがうろうろしていたり、ちょっとした遊園地状態。私としては座ってお茶でも飲みたい気分だったんだけど、そういう場所はない。広場の真ん中に馬を連れた人が何人もいて、見ていると馬に乗せてくれるという。動物好きの石川君と藍子がさっそく乗りたい!といって乗せてもらう。アリシェルさんも僕も!と乗せてもらう。公園を綱を引いてもらって一周してくる。
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後ろに見える建物がサーカス劇場。

ところが!帰ってきて馬から降りると、値段を決めておかなかったせいでえらくふっかけられてしまった。こちらはとにかくアリシェルさんだのみなんだが、向こうは人数も多くなんとなくコワモテの人もいて、うまく交渉できない。結局多少折り合いをつけてもらったものの倍以上払わされて、アリシェルさんはかなり怒っていた。アリシェルさんとしては大好きな日本人にそんなことをしてほしくないといって怒っていたのだが、日本人なんだからしょうがないなとも思う。だって値切るのも申し訳ないような金額なのだから。(アリシェルさんは相場で3000スム、石川君と藍子は2人で10000スム払わされた。と、いっても620円なのだ。)
 しかしこの件で、値段のついていない買い物がこわくなってしまった。むこうの人からみたら、とんでもなく金を持っている人たちと思われてもしかたないのだ。

気を取り直してふわふわ遊具で遊ぶ。こんな絵が。
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反対側には「顔がしずかちゃんで体がドラえもん」という絵もあったのだが、撮影に失敗していて残念。
 サーカスから出てきたときにわたしが「お茶でも飲みたいな」といったせいで、アクバルさんが冷たい水を買ってきてくれた。「のどが渇いた」と「お茶が飲みたい」の間にはニュアンス的に深い溝があるのだが、ここでは伝わらなかったようだ。彼らが若いということもあるのかな。トルコではしょっちゅうお茶を飲んでいたので、ちょっとトルコが懐かしくなった。

そのあと、16世紀のものという古くて大きなモスクに行く。石川くんとアリシェルさんが中に入り、藍子とわたしとアクバルさんとで待つことに。モスクのすぐ横がちょっとしたバザールだというので3人でぶらりとする。
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真ん中の広い所でナンを売っている。これがウズベキスタンの大きな丸いナンだ。あらためて写真をよく見てみると乳母車を改造したみたいな車にのせている。もう夕方なのでバザールも終わりに近い。最初の日に食べたナッツを飴で固めたお菓子を売っていたのでまた買って3人で食べる。中国製っぽいアクセサリーのお店があり、そこで藍子はアクバルさんにネックレスを買ってもらった。

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バザールもどんどん閉まっていくのでモスクに戻り、建物の前の広い所で藍子はアクバルさんに風船でボール遊びをしてもらう。アクバルさんて本当に子供の相手が上手だ。
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そろそろ日が沈んできた。偶然なんだと思うけど、すごい色の写真がとれた。空気がきれいだからなのかな。

 暗くなってからやっと石川君とアリシェルさんが戻ってきた。かなり面白かったらしく、興奮気味の石川君、もうすこし中を見せてくれるそうなのでみんなで中に入ろう、ということになる。ここは単なるモスクではなく、学校になっていて、しかも寮になっているんだそうな。中にはいると回廊のようなところの中庭の一隅で食事をしている人たちがいる。寮の人たちなんだろうか、不思議な光景だった。案内役の人が、建物の古いところをまわって見せてくれた。

 モスクを出るとすっかり日が落ちていた。夕食はどうしようか。きのうのハンバーガー屋のことを思い出すと、外食がこわい。モスクに来る前に、すぐ目の前にショッピングセンター風の建物があり、アリシェルさんがタシケントで一番大きいスーパーです、と言っていたのを思い出し、そこで買い物してアパートで何か作ろうよ、ということにする。スーパーに入ると、結構高級スーパーらしく日本でもちょっとこぎれいなスーパーの風情、ヨーロッパっぽいなと思ったら、トルコの会社がやっているのだそうだ。金銭感覚はマヒしているので、なんでも必要なものをカゴに入れていると、値段をみてアリシェルさんが首をひねっている。石川君がカレーを作るというので、チキン、スパイス、野菜などを買う。奥の方にガラスケースにならんだケーキを売っているコーナーがあり、いいにおいがしているのでのぞいたら、トルコのバクラヴァがあった。思わず買いそうになったがやめといた。(ウズベキに来たらウズベキのものを食べようと思ったので。そしてアパートの冷蔵庫にまだあのでかいケーキがあることも思い出したので)楽しくお買いものしてタクシーで帰る。そしてみんなでカレー作り!
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調理スペースがほとんどないので、床で野菜を切るアリシェルさんと藍子。
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足りない設備で作るのもまた楽し。

できあがったのが、チキンカレー、トマトと赤玉ねぎとコリアンダーのサラダ、ゆでたまご、パン。すいません、写真ありませんでした。石川君、藍子、わたし、アリシェルさん、アクバル、そしてアクバルがイスロムさんの娘のランノちゃん(6歳)を連れて来てくれたので、みんなで食べる。トルコではずーっとおよばればっかりだったので、ひさしぶりにおもてなしがわにまわった気がする。こっちのほうが気が楽だ。食後に例のチョコケーキ、メロンにぶどう。テレビを見ながらのんびりだらだらする。ウズベキスタンではこのあと田舎をぐるっとまわることになるのだが、例の警察の書類を取りにいかなくてはいけない用事ができてしまったので、本当は明日出発したかったのだが一日のびて明後日の午後しか出発できなくなったので、明日もう一日のんびりすることになったのだ。疲れもとりたいし。そんなふうでこの日の夜は遅くまでお茶を飲みながらおしゃべりしたり日記を書いたりテレビを見たりして過ごした。
posted by おかこ at 2010年06月02日 | ウズベキスタン

第11話 ウズベキスタンに着きました。

 日記に入る前に、少し説明をしておきます。今回の旅は、石川君のトルコ人の友人とイスロムさんというウズベキ人の友人に本当にお世話になった旅でした。ウズベキスタンに行くことになったのも、イスロムさんに「ぜひ行ってきてください!僕の家族や友人に会ってきてください!」と言われてどんどん話が進み・・・という感じだったのです。でも言葉もわからないし、子連れでほんとに大丈夫?という私の心配をなくすために、滞在中はずっとガイドを頼むことにしました。そのガイドというのも、イスロムさんの友人で、以前日本に滞在したことのある日本語ぺらぺらのウズベキ人。そしてタシケントではイスロムさんの親せきの人が持っている(でも使っていない)アパートの部屋を借りたり、ちょっと田舎の方で暮らしているおじさんを訪ねたり、という普通ではちょっとない経験をさせていただけたのもみんなイスロムさんのおかげなのです。

9月26日(土)
 時差があるので、0:25にトルコを発って、4時間半のフライトで朝6:40にウズベキスタンのタシケントに着いた。外は薄明るい小雨。行きののりつぎの時、古めかしい妙な待合ターミナルがあったのだが、そことは違い普通の空港ターミナル風の建物がちゃんとあった。(あの妙な建物のことはウズベキの人も知らないと言っていた。)手続きを終えればガイドをしてくれるアリシェルさんが待っていてくれる手はずになっている。飛行機がもうすぐ着くという時、薄っぺらな紙が配られて、そこに持ち物(主にお金や貴重品)をすべて書かなければいけないことになっている。手元に来たのがロシア語バージョンで慌てたが、降りたら英語バージョンもちゃんとあった。円、ドル、トルコリラ、所持金を細かく記入しなければいけない。そして荷物チェックの行列に並ぶとこれがちーっとも前に進まない。何なんだとイライラ待つこと2時間!結局飛行機が着いて3時間後の9時半頃にようやく出口に出られた。なんでそんなに時間がかかるのかというと、やたらとカバンを開けられている人がいる。そしてロシア人風の職員の人はいちいち手際が悪い。役人仕事的とでもいうのか、この雰囲気はちょっと未体験だ。しかし無事カバンを開けられることもなく外に出て、アリシェルさんにはすぐ会えたが、2時間以上も待たせてしまった。

 まずはタクシーでイスロムさんの親せきのアパートへ向かう。古くてでかい車がいっぱい走っている。ちょっとタイムスリップしたような感覚にもなる。街はやたらとでかい建物も多く、ロシア語の看板やロシア的な装飾がついていて、ウズベキスタンは旧ソ連だったのだということを改めて認識した。すごくヨーロッパ的だったトルコとのギャップが大きい。
 アパートに着くと、これまたでかい部屋!しかも部屋がたくさんある。なにも置いてない部屋が2つ、10人掛けくらいのでかいダイニングセットの置いてある部屋が1つ、でかいダブルベッドの部屋が1つ、キッチンのついたリビング的な部屋がひとつ、水洗の洋式トイレと、でかいバスタブのあるお風呂がある。そして真ん中の廊下はみんなでボール遊びができるくらい広い。そして妙な装飾がやたらとあって、なんとなく古めかしい。どこに来ちゃったんだろう?という感じでなかなかなじめない。
 
 眠くて疲れていたが、荷物を置くとすぐ、滞在の登録に行かなければ、ということでアリシェルさんにつれられて役所(警察だった)に行く。ホテルに泊まらないということで、何か別の書類をださなければならないのだそうだ。地下鉄に乗ると、建物の壁は石(大理石?)がふんだんに使われていて、なんとも大ぶりで古くてぜいたくだ。昔のデパートの玄関口とか階段とかみたいな雰囲気。地下鉄を降りると道端で何かお菓子を売っている人がいる。のぞくと「粟おこし」みたいなバー状のお菓子が何種類も並んでいる。よく見ると色んなナッツをあめで固めたものだ。白ゴマ、黒ゴマ、ピーナッツ、皮つきピーナッツ、ひまわりの種、カシューナッツ・・・さっそく1まいずつ買って歩き食べ。すごくおいしい! そして警察ではアリシェルさんがあちこちの窓口をまわって書類をかいてくれている。しかしやたらと時間がかかる。共産圏の名残りというのだろうか。なんとなく落ち着かない。やっと終わったかと思ったら、火曜日にまたこの書類をとりに来なければいけないと言われてがっくり。この件で少し予定が狂ってしまった。

 気を取り直して、アリシェルさんのお兄さんにブハラ料理の店に連れていってもらう。チキンスープのうどん、ケバブ、パン、サラダはトマト、きゅうり、フェンネル、コリアンダー、ネギ、をヨーグルトにつけて食べる。ヨーグルトは濃くて酸味が強くてチーズみたい。
ケバブ(焼き肉)には必ず玉ねぎのスライスがついてきて、パンにはさんで食べる。藍子はうどん(難しい名前がついていたが)が気に入った。チキンのスープも美味しくて、うどんはコシがなく薄くて平らでちぎれやすい感じ。「どんべえ」みたいな。しかしうまい。食事のあとはとりあえずアパートに戻って寝る。

夕方までぐっすり眠り、まずは両替。ウズベキスタンの通貨はスムといい、1000スムで62円。しかも紙幣の一番大きい単位が1000スムなのだ。両替したら、ものすごい札束の山になってしまった。当然財布には入らず、支払いのたびにやたらとお札を数えなければならず、不便なお金だった。そして夕方の街に散歩にでかける。アリシェルさんと、イスロムさんのいとこのアクバルさんも一緒だ。アクバルさんは日本語はもちろん英語もほとんど話せないので、無口な印象だったが、実際無口なタイプだったかもしれない。しかし、ものすごく気のきくいい男だった。アパートを出るとすぐ近くの通りで屋台が並んでいて、野菜、フルーツ、シャシリク(焼き肉のこと)、キムチ(韓国人がやっている)、パン(こちらではナンと呼ぶ。丸くて平たくて直径が30センチくらいの大きなパン)、お菓子なんかもある。しかし、もうおしまいの時間なので、買い物はせずスーパーマーケットへ。やたらと高額だったのがやわらかいトイレットペーパー8000スム、インスタントコーヒー6000スム。やわらかいトイレットペーパーにこだわった訳は、昼間に連れて行ってもらったレストランでトイレを借りたら、びっくりするようなペーパーだったのだ。一応ロールになっているのが笑えるくらい、ボール紙みたいなペーパーだったのだ。それでスーパーで一番高いロールを買ったのだが、結局あのボール紙ペーパーにはその後一度もお目にかからなかった。
 スーパーでは紅茶とかお米とかソーセージとか缶詰とかあれやこれやと楽しくお買いものをして、アリシェルさんとアクバルさんと私たち家族で軽く何か食べようかとハンバーガー屋のようなとこに入る。店内は装飾もなく質素な感じ。ウズベキスタン名物のサモサというのは、インドのサモサとは違って、小麦の皮で玉ねぎと肉を包んで正しくはタンドールで焼いたもの。サモサがメニューにのっていたので、それとチーズバーガーを控えめに頼んでみる。サモサは本場ものとはちょっと違うもののようだった。まあ食べれたが、チーズバーガーはいただけなかった。かなり我慢して食べた。ほんとは残したいくらいだったが、アリシェルさんに「食べ物を残すのはよくない」と言い張られたので頑張った。頼み過ぎなくてよかった。

 明日は日曜なので、バザールとその近くでやっているサーカスを見に連れて行ってもらうという話をして、今日は早々とアパートに戻る。大きなバスタブにたっぷりお湯をはってつかる。トルコではシャワーばっかりだったので、本当にひさびさだ。スーパーで買ったお茶はなかなか美味しかった。でかいベッドでぐっすりと眠る。今日の写真が一枚もなかったのは、私も疲れていたからです。すみません。
posted by おかこ at 2010年05月28日 | ウズベキスタン

第10話 駆け足、早足、トルコ最終日

9月25日(金)
 明け方トイレに立ってしばらくするとアザーンが聞こえてくる。アザーンというのは、礼拝の時間を知らせるためにモスクから聞こえてくるお祈りの呼びかけ。独特の節回しで唱えるアラビア語の言葉が2,3分続く。昔は当然肉声のみで、高い塔から大きな声をはりあげていたそうで、今でも拡声器こそ使うが、決して録音されたものを放送しているわけではない。なので、このアザーンを唱える人は、声の大きさや美しさを基準に選ばれるのだそうな。
 モスクが近いのか、結構よく聞こえてくる。小節をいれながらアラビア音階をのぼったりおりたりする心地よい声、モスクによって、人によって、個性も色々。時間帯によっても違うのだそう。イスラムではこういうところで音楽を楽しんでいるようだ。ちょっと癖のあるそのアザーンを少しじっくり味わってみる。
 しかし石川君が起きないなと思って様子を見に行くと、なんとお腹が痛いと言いだす。全身の関節も痛いという。起き上がれないくらい痛いのだと言う。今日はアリさんが何時に迎えに来てくれるのかもわからないし、なにより、今夜のフライトでウズベキスタンに向かわなければいけないのだ!いったいどうすりゃいいのかと思いつつ、とりあえず寝かせておく。9時近くなってようやくお母さんが台所に来たので、トルコ語の本を見ながら「お腹をこわした」と伝える。するとお母さんはレモンをとりだして「いま薬を作ってあげる」という身ぶりをする。見ていると、レモン汁をたっぷり絞って水で少し薄め、何やら茶色の粉をたっぷり入れてかきまぜている。そして私に「これをグイッと飲ませなさい」という身ぶりで渡してくれる。においをかぐと、なんとコーヒーの香り!あの粉はインスタントコーヒー! ???と思いつつも石川君にグイッといかせる。そのあと、とりあえずわたしと藍子だけで朝食。
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エキメキ(大ざっぱな切り方がかっこよかった)、ゆで卵、トマトときゅうりのサラダ、アンネの手作りジャム(チェリーとアプリコット)、チーズ、バター、オリーブ、チャイ。シンプルでおいしいトルコの定番朝ごはん、という感じ。チャイのポットがかわいい。夫婦二人用の小さなキッチンのテーブルだからか、気を使って私たちだけで使わせてくれる。朝日がたっぷり入って、ラジオを聞きながらの気持ちいいリラックスした朝食。居心地のいいキッチンでした。ご夫婦は年配の信心深くつつましい方で、使い込んだ感じの、手入れの行き届いた家でした。
 さてレモンコーヒーの効果はというと、これはどうやら下剤だったらしく、しかも効果絶大だったようだ。しかし体はまだ衰弱している。アリさんは結局お昼くらいにようやくあらわれて、状況を説明すると、とにかく夜のフライトに間に合うようにイスタンブールに向かおう、ということになった。お世話になったアンネとまた抱き合ってお別れの挨拶をする。そういえばここのお宅はマンションの4階か5階の家で、エレベーターを使ったのだったが、ここのエレベーターは内側の扉がなかった!トルコではエレベーターの扉は手動式が多いようだが、ここは閉めたのは外の扉で、箱が動き出すと、目の前の壁が動いていく!ビックリした。

 外に出ると、アリさんの友人が車でイスタンブールまで送ってくれるということで待っていてくれた。しかし、まずは金曜日なので
お昼の礼拝(金曜礼拝)に行かなくては、ということになるが、さすがに石川君は無理なので私たち3人公園でアリさんを待つことになった。結構広くて気持ちのいい公園、子供用の遊具もある。隣はレストランがあって、孫をつれてブランコさせていたおじいさんがいたのだが、レストランの主人と知り合いらしく、主人がチャイでもどう?と言って公園にチャイをもってきてくれて、おじいさんは孫の相手をしつつ、チャイを飲んでいた。本当にトルコ人はいつもチャイを飲んでいる。

 アリさんがようやく戻ってきて車はイスタンブールに向かう。ふと気付くと、道の両側はたくさん木が生えていて、森があったりして、日本とよく似た風景が続いている。アダナからイスタンブールまで、ざっと車で縦断したことになるが、南の方ではずっと茶色のはげ山みたいな景色が地平線までつながるような景色だったが、ここにきてやっと森が現れた。しかし川はほとんど見ない。トルコには川はあまりないという。水は基本的に地下水で、硬水と軟水の違いはそこかなと気づく。硬水は土の中のミネラル質の味、軟水は流れる川や雨の味。
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途中立ち寄った車屋さんの看板。かっこよかったので。

 イスタンブールに着く前に、イズミールという街でおりて、またまた友人の家で夕食をいただくことになる。イズミールはトルコで一番お金持ちの多い街なんだそうな。車でそのお宅に向かうと、ちょっとはずれの住宅地のあたりにあるのだが、そのあたりは一軒のための区画がやたらと大きい! その中の3階建の一軒家のお宅。わりと新しい感じの豪華な家だ。なんか豪華すぎて写真を撮るのに気おくれしてしまったのがあとから悔やまれる。
 食事はオレンジ色のトマトスープ(酸味がしっかりあって、小麦のような香りととろみがあった)、大きな魚の塩焼き(トルコに来て初めての魚。ナイフとフォークでいただく。塩焼きってとこがよかった)、ごはん、エキメキ、トマトときゅうりのサラダと、温野菜(人参、ブロッコリー、じゃがいも)野菜がやはり美味しい。ほぐした魚とごはんをまぜて、レモンをキュッとしぼって、野菜も一緒くたにして食べる。とってもシンプルな食事で、お腹をこわした石川君にも、胃が疲れたわたしにもぴったりでおいしくいただきました。
 食後はテラスでフルーツ。このテラスがまた豪華でいい感じ。すごくいい熟しかげんの洋梨とぶどう。甘みも香りも食感もすべてがいい感じの果物は、なんと庭でとれたものなんだそうな。礼拝をするとさらにチャイとバクラヴァ。トルコの人は食事は割と早く食べる感じなのだが、食後をフルーツとお茶とお菓子でおしゃべりしながらゆったりと過ごすようだ。

 あわただしくお宅を出るとイスタンブールの空港へと急ぐ。イスタンブールの市街を通り過ぎながら、もっとたっぷり楽しめる街だったのにあまりにも駆け足でちょっともったいなかったな、と思う。無事空港に着き、いよいよアリさんともお別れ。最後の最後まで、本当にお世話になりました。でもまた日本でね、とお別れして0:25の飛行機でトルコをあとにした。
posted by おかこ at 2010年05月28日 | トルコ